東京医科大学に息子を“裏口入学”させたとして文部科学省の前科学技術・学術政策局長・佐野太容疑者が受託収賄の疑いで逮捕された事件。前代未聞の事件だが、取材を進めるとその背景には医学部の裏口入学の知られざる実態があった。
証言続々…“裏口”仲介する予備校
実は、私立大学医学部をめぐる状況は大きく変わっている。たとえば東京医科大学の場合、43年前に比べると偏差値は15ポイント上昇。この偏差値は、東京大学の理科系学部に匹敵し、競争率は“16.5倍”という難関だ。そうしたことから医学部への入学が困難となり、何年も浪人することとなるため一部で裏口入学の斡旋が起きるという。では、裏口入学の実態はどのようなものなのか?
近畿大学医学部教授の巽信二氏は自身も「裏口入学を持ち掛けられたことがある」と話す。
ーー裏口入学させてくれと言われたことはありますか?
あります。最近でもありますね。入っても苦労するよと。そういう親の過保護的な援助はやめたほうがいい。
裏口入学の依頼をしてくる人はいるが、近畿大学ではすべての依頼を断っているという。その上で巽教授は、「大阪にも東京にもあるんですけど、ある全寮制の予備校に一旦入って、成績が上がればいいですけど、上がらなくても預かった子供は1年間で何とか行先を探して、裏口入学で医大に入れてやるというのをやっていたのは知っています」と話す。また、杏林大学医学部名誉教授の佐藤喜宣氏も、他の大学のケースとした上で「今までも事件になったケースはあると思う。裏口入学を約束したけど、結局入学できなかったから金を返せ、とかそういう争いはあったと思いますけども。仲介に“誰か”入っている感じですよね。」と、巽教授と同様に裏口入学を持ち掛けてくる人たちが存在していることを明かした。ここで注目したいのは2人の教授が指摘する“裏口入学を仲介する予備校”の存在だ。元医学部予備校経営者の原田広幸氏はそうしたブローカーの存在を赤裸々に明かす。「裏口入学があることは、予備校の先生たちにとってほぼ常識だと思います。ブローカーとしか言いようがないのですが、大学の有力者と人脈があるという風に言っている人たちがいて、紹介料を取る形でビジネスをやっていると思います。」裏口入学ブローカーの存在。その実態とはどのようなものなのか?原口氏は裏口入学のブローカーが、医学部専門の予備校経営に関わっているケースもあると指摘する。「そういう予備校は1、2年単位でぱっと出てまた消えてを繰り返しています。冬になると新規学生を募集して新しい予備校ができたりするんです。そしてまた1、2年すると消えたりする予備校があるので、ブローカーが絡んでいるのかな、と」気になるのはその「手数料」だが、驚くほど高額なケースもあるという。「ある私立大学だとブローカーへの手数料が1億円は必要だと。ブローカーが半分とっても、大学側に半分、10%でも1000万円ですよね」
喉から手が出るほど欲しい“ブランディング”
しかし、今回の事件は単なる裏口入学ではない。文科省の官房長(当時)が自分の子供を医学部に合格させてもらう見返りに、文科省の支援事業の対象校とするよう取り計らったという受託収賄容疑だ。その支援事業とは、文科省が2016年から始めた「私立大学研究ブランディング事業」で、独自色を打ち出す研究に取り組む私立大学に補助金を出すというもの。東京医科大は、2016年度は落選したが、文科省の官房長(当時)に働きかけた2017年度には見事選ばれ、およそ3500万円の補助金を受けている。教育評論家の尾木直樹氏は、この「ブランディング事業」の指定を受けることが大学の経営にとって大きな意味を持つのだと指摘する。「大学にお金が入ってくるだけではなく、弾みがついて受験生の間で人気になってくる。これは間違いない。どこの大学でも、経営戦略として喉から手が出るほどこのブランディング事業指定は欲しいのです。そこに上手に文科省の前局長はつけこんで、自分の息子を入れてくれと。これはない。呆れてしまう」
意外…きっかけは私大医学部の学費の値下げ!?
大学ジャーナリストの石渡嶺司氏による、一旦は下火になっていた裏口入学が再燃したきっかけが実は意外なことにあったと指摘した。それは2008年に順天堂大学が医学部の学費を値下げしたことだったという。順天堂大学は6年間の学費を2970万円から2090万円に下げ、これによって優秀な学生が集まるようになり偏差値も62.5(2017年度)から70(2019年度予想)にアップした。ほかの私立大学もこれに追随し医学部の学費を値下げ。すると偏差値もアップしたのだった。
石渡氏は
「医学部はもともと経営が赤字になりやすい体質がありました。しかも偏差値が上がり、人気が高まることで、一般家庭の受験生も入学するようになってきています。そこに、医者の子弟よりも一般家庭からの方が、寄付金が集まりにくいという事情があります。全部の医大が裏口入学をしているというわけではないのですけども、医大によっては、同窓会のリストなどを作って、どれくらいの寄付金が集まるかというのを考えることになります。また、政府からの補助金が下がっている傾向があります。そのため競争的な補助金というものが増えているんですけれども、それを東京医科大学としては何が何でも受諾したかったというのも、今回の事件につながったとみています」
と、今回の事件の背景を語った。
寄付金一口1000万円の私大も?
石渡:医学部の寄付金というのは10万、20万円という単位ではないですね。数百万円、場合によっては一口1000万円という大学もあります。
佐々木恭子:私立ですから、独自にどういう学生がほしいかを決める自由は、大学にあるわけですよね。
有本香(ジャーナリスト):補助金が入っているので私立とはいえ入試は「公正」でなくてはいけないと思います。しかし公平さというのは、私立という側面があると思うので、この学校に入って6年間学費を払い続けることができるか、というバックボーンを大学側が一つの判断基準として持っていたとしても、そこに文句は言えない。
寺脇研(元文部官僚・京都造形芸術大学教授):大学とは憲法で定められた学問の自由で、自治ですからね。
パトリック・ハーラン:アメリカでは寄付で学校に行く人も多いんですよ。僕の通ったハーバード大学もそう。そのために寄付額を多く募ろうとするんですね。そのために「レガシー枠」というものがある。同窓会の子供がちょっと入りやすくなる。同じような点数の受験生の場合、両親がOBだったらその子息を通す。その代り寄付金をより多くもらう。それで私のような貧しい子供が入れるようになるんです。それがオープンにされているんです。裏口入学なんてレッテルはなく「レガシー」なんてちょっとかっこよい響きになっているんですね。
割に合わない「医学部裏口入学」
石渡:医学部・歯学部の裏口入学は、私はもっとも割に合わないものだと思っています。医学部に入ったから必ず医者になれる、というものではなく、あくまでも国家試験の受験資格が得られるだけなんですね。しかも合格率もまじめに6年間勉強し続けても、ざっと1割は合格できないという難関試験です。さらに各大学は見た目の国家試験の合格率を上げるために受かりそうもない学生については容赦なく留年させる。それがざっと1割います。ですから勉強ができないまま入学してしまうと留年、ないしは卒業はできるけど国家試験には受からないという状態が続く。そういった意味では裏口入学は、割に合わない話ではないかと思います。
佐々木:これから入試も2020年に改革が行われる中で、どうやって公平性・フェアさを保っていけばいいのか。
寺脇:そこが大問題です。大問題なのに文部科学省の高官が、自分で裏口入学をやっちゃってるなんていったらね、今文科省が進めている大学入試改革の信頼性まで失われる。これはきちんと裁いてもらって真相を究明してもらいたい。2020年にセンター試験が廃止され、大学入試改革が行われようとしている矢先の文科省幹部による不正。国民はもっと怒ってもよいのではないだろうか?
(「報道プライムサンデー」7月22日放送分)
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