昨日から7月になりましたね。家の近所に在る商店街では七夕飾りが出ていました。
それと7月はバタバタするので少し休養をとります。8月始には戻ってきます。
2012年7月2日月曜日
2012年6月29日金曜日
天神祭
天神祭は、全国の天満宮(天神社)で催される祭り。祭神の菅原道真の命日にちなんだ縁日で、25日前後に行われる。一年のうち1月の初天神祭など、ある月に盛大に行われることがある。各神社で行われる天神祭の中では、大阪天満宮を中心として大阪市で行われる天神祭が有名である。以下より大阪天神祭のことについて記述する。日本三大祭(他は、京都の祇園祭、東京の神田祭)の一つ。また、四天王寺別院の勝鬘院愛染堂の愛染祭(神式では愛染祭に替えて生国魂神社の生玉夏祭)、住吉大社の住吉祭と共に大阪三大夏祭りの一つ。期間は6月下旬吉日 - 7月25日の約1ヶ月間に渡り諸行事が行われる。特に、25日の本宮の夜は、大川(旧淀川)に多くの船が行き交う船渡御(ふなとぎょ)が行われ、奉納花火があがる。大川に映る篝火や提灯灯り、花火などの華麗な姿より火と水の祭典とも呼ばれている。他に鉾流神事、陸渡御などの神事が行われる。24日宵宮、25日本宮。
○歴史
天神祭は大阪天満宮が鎮座した2年後の天暦5年(951年)6月1日より始まったとされている。この時の祭事は大川より神鉾を流して、流れ着いた場所に祭場を設けて、その祭場で禊払いを行うというものであった。これが鉾流神事の元となり、その祭場に船で奉迎したことが船渡御の起源となっていると伝えられている。天神祭は続いてきたが、日本三大祭の一つと呼ばれるようになるのは江戸時代からである。安土桃山時代に豊臣秀吉より催太鼓を拝領する。寛永末期に祭場(御旅所)を雑喉場(ざこば)に定めたため鉾流神事が取りやめられる。このころ陸渡御の起源となる地車が登場する。慶安2年にでたお触書によると、多くの地車が争って宮入しようとするため順番を決めさせたとある。寛文末期に御旅所が戎島に移転。元禄時代になると御迎人形と呼ばれる2メートルほどの人形を船の穂先に高く飾り付けるようになる。またこの頃より講が形成され日本三大祭りとして呼ばれるようになる。この頃の天神祭の壮大さは『東海道中膝栗毛』や『世間胸算用』の中に見ることが出来る。慶応元年、将軍徳川家茂が長州征伐のため大阪城に入城したため、天神祭は中止される。この年以降、維新の騒乱により明治4年に復活するまで中止された。明治7年に船渡御が中止され、本社営繕やコレラの流行のため明治14年に復活するまで再び中止された(陸渡御のみ行っていた年もある)。それ以外でも明治天皇の崩御や大川の水位が上昇したためなど度々中止されることもあった。昭和5年に食満南北の提言により鉾流神事が復活。昭和13年から昭和23年まで日中戦争、第二次世界大戦の影響により船渡御や祭事そのものが中止された。昭和24年に船渡御が復活するが地盤沈下の影響で船が橋の下をくぐり御旅所に到着することが困難になったため再び中止され、昭和28年に上流に遡る形になる。昭和49年オイルショックの影響で船渡御が中止される。昭和56年にギャルみこしが誕生。平成3年より水都祭と天神祭奉納花火が合同で行われる。平成6年にブリスベンで天神祭斎行される。平成17年、ギャルみこし誕生25周年イベントが行われた。平成9年は台風の影響で、本宮が縮小され、平成12年は7月25日が香淳皇后の斂葬の儀の為、本宮が休みとなり翌日の7月26日に振り替えで本宮が開催された。
○日程
6月下旬吉日:装束賜式(天神祭神事始め)
6月下旬:船割り、浴衣販売
7月7日:天満天神七夕祭(天神祭前儀)
7月11日:船渡御事始式
7月15日:葦奉納式
7月18日前後:台搦み
7月21日前後:本社神輿蔵出し
7月22日:伏見三十石船献酒祭
7月23日:宵々宮(俗称)、御羽車巡幸、庖丁式
7月24日:宵宮、鉾流神事、催太鼓宮入、獅子舞宮入
7月25日:本宮、夏大祭神事、神霊移御祭、陸渡御、船渡御、還御祭
○各種行事
時間、祭事、催事は平成18年の行程を参考。
・装束賜式 (6月下旬吉日)
天神祭の神事始めの行事で、この装束賜式より天神祭の諸行事が始められる。 平成18年度諸役(神童、随身、牛曳童児、猿田彦)の装束賜式{しょうぞくたばりしき}(任命式)が、6月25日11時45分より行われた。 まず、宮司より辞令が渡され、諸役を務める心構えなどが話される。 この日より、諸役は斎戒と言って祭りまで慎むことやしてはならないことがお宮から言い渡される。 例えば、一、葬儀に参列すること。一、喧嘩、もめ事などの争いごと。一、その他不浄に関与すること、等がある。その後、諸役の衣装をつけ、本殿で報告祭を執り行う。
・宵宮(7月24日)
4:00 - 打ち出し
催太鼓の一番太鼓と、続いてだんじり囃子の一番鉦が祭の開始を告げる。大門開門。
7:45 - 宵宮祭
本殿において人々の無病息災と鉾流神事の無事が祈願される。
8:50 - 鉾流神事
神鉾講より推挙された大阪市立西天満小学校の6年生の男子の神童によって鉾流橋の水上より鉾を流す。元々は上記のように鉾が流れ着いた場所を御旅所と定めて祭礼を行ったが、御旅所が固定されてからはその役目は担っていない。
鉾流神事が終わると氏地巡行まで正式な祭事はないが、各場所でいろいろな催事が執り行われている。下記に記述。
16:00 - 氏地巡行
まず、催太鼓による「からうす」がおこなわれ、その後催し太鼓と獅子舞が氏地を巡行する。
・本宮(7月25日)
13:30 - 夏大祭
氏地、氏子の平安を祈り、神霊移御祭で御霊を御鳳輦(ごほうれん)に移す。
15:30 - 陸渡御(りくとぎょ)
祭のメインイベントの一つ。船渡御の乗船場までの約4キロを約3000人が渡御する。行列は先頭が催し太鼓で、続いて猿田彦や采女(うねめ)、花傘、猩々の人形を乗せた山車、牛曳童児などの第一陣、御羽車や神霊を移した御鳳輦のある第二陣、玉神輿と鳳神輿の第三陣によって構成される。 陸渡御の順番は、太鼓中、神鉾講、地車講、天満ライオンズ奉仕講、天神講、釆女、稚児、敬神婦人会、大阪書林御文庫講、福梅講(牛曳童児)、御旗講、花傘講、総奉行、大阪府知事、大阪市長、榊講(大真榊)、御羽車講、丑日講、御錦蓋講、御菅蓋講、御鳳輦講、氏子総代、協賛会委員、玉神輿、鳳神輿、菅公会(祭り囃子)の順である。
18:00 - 船渡御
陸渡御につづいてメインイベントの一つ。船は4種類に分けれられ、御神霊をのせた御鳳輦奉安船、催太鼓船や地車囃子船など神に仕える講社の供奉船、神をお迎えする風流人形を飾った御迎船、協賛団体や市民船などの奉拝船、その他どんどこ船や落語船など祭を盛り上げるため自由に航行できる列外船がある。奉安船や供奉船が天神橋のたもとから出航して大川を遡り、反転して下る。協賛団体による奉拝船は飛翔橋より下り、天神橋で反転し遡る。船同士が行き交う時には大阪締めが交換されるが、御鳳輦奉安船が通過するときは沈黙するのがならわしである。他に舞台船や篝船などもあるが、渡御せずに定着して神楽等を奉納する。御神霊を乗せた御鳳輦奉安船を見下ろすことがないように、御鳳輦奉安船の通過する橋の中央には正中の覆いがされる。渡御の渡中、御鳳輦船では水上祭が斎行される。定着している舞台船や供奉船から神楽や囃子が奉納される。この頃から花火講によって奉納花火が打ち上げられて祭は最大に盛り上がる。(1999年より花火講は消滅し、天神祭花火実行委員会によって、川崎公園・桜ノ宮公園の2箇所で奉納花火が実施されている。また2002年より川崎公園の打上現場は大阪日日新聞主催の水都祭として花火が打ち上げられている。)
22:00 - 宮入り・還御祭
渡御が終わった一団が天満宮に戻り、催太鼓と共に大阪締めを行う。獅子舞が四方清めと本殿へ走りこみ、その後還御祭が本殿で斎行されて祭りは終わる。
神事として祭のスケジュールには含まれていないが境内では地車囃子や龍踊りが奉納されたり、お迎え人形が展示されたりしている。境外でも下記のような催事が執り行われている。
・ギャルみこし
7月23日にオーディションで選ばれた女性が担ぐ神輿巡行。主催は天神橋筋商店会。選考がユニークで米俵を持ち上げる選考とかくし芸などのPR選考によって選出される。 ギャルみこしは、祭の渡御列(本隊)には参加しない。
・自動車渡御
宵宮の10:00頃から市内をトラックによってパレードを行う。トラックには子供神輿や地車囃子などが乗り込む。
・町内神輿宮入り
氏地の各町内の神輿が境内に宮入を行う。
・ドラゴンボート国際選手権
昭和63年から奉納イベントの一環として行われているドラゴンボートレース。 サンケイスポーツ主催。
・テレビ中継
本宮の日はテレビ大阪にて生放送される(19:00~20:54、関西ローカル)。なお、当日放送されるテレビ東京発の番組は、直近の土曜スペシャル枠で振替放送される。但し土曜日の開催の場合はこの枠にて放送するため、振替放送はない。
○天神祭に参加するには
天神祭に参加するためには基本的に講に所属しなければならない。天神祭はあくまで大阪天満宮の氏子による祭事であるためである。しかしながら、講の条件は厳しくなく、大阪天満ライオンズクラブ奉仕講など新しい講も認められている。また、講の人員不足のためアルバイトやボランティアといった形で参加することもできる。他には市民奉拝船が公募に応募したり、帝国ホテルの奉拝船のチケットを購入して船渡御に参加する手段もある。 天神祭清掃ボランティア天神祭美化委員会(ダストバスターズ)に参加する。
○歴史
天神祭は大阪天満宮が鎮座した2年後の天暦5年(951年)6月1日より始まったとされている。この時の祭事は大川より神鉾を流して、流れ着いた場所に祭場を設けて、その祭場で禊払いを行うというものであった。これが鉾流神事の元となり、その祭場に船で奉迎したことが船渡御の起源となっていると伝えられている。天神祭は続いてきたが、日本三大祭の一つと呼ばれるようになるのは江戸時代からである。安土桃山時代に豊臣秀吉より催太鼓を拝領する。寛永末期に祭場(御旅所)を雑喉場(ざこば)に定めたため鉾流神事が取りやめられる。このころ陸渡御の起源となる地車が登場する。慶安2年にでたお触書によると、多くの地車が争って宮入しようとするため順番を決めさせたとある。寛文末期に御旅所が戎島に移転。元禄時代になると御迎人形と呼ばれる2メートルほどの人形を船の穂先に高く飾り付けるようになる。またこの頃より講が形成され日本三大祭りとして呼ばれるようになる。この頃の天神祭の壮大さは『東海道中膝栗毛』や『世間胸算用』の中に見ることが出来る。慶応元年、将軍徳川家茂が長州征伐のため大阪城に入城したため、天神祭は中止される。この年以降、維新の騒乱により明治4年に復活するまで中止された。明治7年に船渡御が中止され、本社営繕やコレラの流行のため明治14年に復活するまで再び中止された(陸渡御のみ行っていた年もある)。それ以外でも明治天皇の崩御や大川の水位が上昇したためなど度々中止されることもあった。昭和5年に食満南北の提言により鉾流神事が復活。昭和13年から昭和23年まで日中戦争、第二次世界大戦の影響により船渡御や祭事そのものが中止された。昭和24年に船渡御が復活するが地盤沈下の影響で船が橋の下をくぐり御旅所に到着することが困難になったため再び中止され、昭和28年に上流に遡る形になる。昭和49年オイルショックの影響で船渡御が中止される。昭和56年にギャルみこしが誕生。平成3年より水都祭と天神祭奉納花火が合同で行われる。平成6年にブリスベンで天神祭斎行される。平成17年、ギャルみこし誕生25周年イベントが行われた。平成9年は台風の影響で、本宮が縮小され、平成12年は7月25日が香淳皇后の斂葬の儀の為、本宮が休みとなり翌日の7月26日に振り替えで本宮が開催された。
○日程
6月下旬吉日:装束賜式(天神祭神事始め)
6月下旬:船割り、浴衣販売
7月7日:天満天神七夕祭(天神祭前儀)
7月11日:船渡御事始式
7月15日:葦奉納式
7月18日前後:台搦み
7月21日前後:本社神輿蔵出し
7月22日:伏見三十石船献酒祭
7月23日:宵々宮(俗称)、御羽車巡幸、庖丁式
7月24日:宵宮、鉾流神事、催太鼓宮入、獅子舞宮入
7月25日:本宮、夏大祭神事、神霊移御祭、陸渡御、船渡御、還御祭
○各種行事
時間、祭事、催事は平成18年の行程を参考。
・装束賜式 (6月下旬吉日)
天神祭の神事始めの行事で、この装束賜式より天神祭の諸行事が始められる。 平成18年度諸役(神童、随身、牛曳童児、猿田彦)の装束賜式{しょうぞくたばりしき}(任命式)が、6月25日11時45分より行われた。 まず、宮司より辞令が渡され、諸役を務める心構えなどが話される。 この日より、諸役は斎戒と言って祭りまで慎むことやしてはならないことがお宮から言い渡される。 例えば、一、葬儀に参列すること。一、喧嘩、もめ事などの争いごと。一、その他不浄に関与すること、等がある。その後、諸役の衣装をつけ、本殿で報告祭を執り行う。
・宵宮(7月24日)
4:00 - 打ち出し
催太鼓の一番太鼓と、続いてだんじり囃子の一番鉦が祭の開始を告げる。大門開門。
7:45 - 宵宮祭
本殿において人々の無病息災と鉾流神事の無事が祈願される。
8:50 - 鉾流神事
神鉾講より推挙された大阪市立西天満小学校の6年生の男子の神童によって鉾流橋の水上より鉾を流す。元々は上記のように鉾が流れ着いた場所を御旅所と定めて祭礼を行ったが、御旅所が固定されてからはその役目は担っていない。
鉾流神事が終わると氏地巡行まで正式な祭事はないが、各場所でいろいろな催事が執り行われている。下記に記述。
16:00 - 氏地巡行
まず、催太鼓による「からうす」がおこなわれ、その後催し太鼓と獅子舞が氏地を巡行する。
・本宮(7月25日)
13:30 - 夏大祭
氏地、氏子の平安を祈り、神霊移御祭で御霊を御鳳輦(ごほうれん)に移す。
15:30 - 陸渡御(りくとぎょ)
祭のメインイベントの一つ。船渡御の乗船場までの約4キロを約3000人が渡御する。行列は先頭が催し太鼓で、続いて猿田彦や采女(うねめ)、花傘、猩々の人形を乗せた山車、牛曳童児などの第一陣、御羽車や神霊を移した御鳳輦のある第二陣、玉神輿と鳳神輿の第三陣によって構成される。 陸渡御の順番は、太鼓中、神鉾講、地車講、天満ライオンズ奉仕講、天神講、釆女、稚児、敬神婦人会、大阪書林御文庫講、福梅講(牛曳童児)、御旗講、花傘講、総奉行、大阪府知事、大阪市長、榊講(大真榊)、御羽車講、丑日講、御錦蓋講、御菅蓋講、御鳳輦講、氏子総代、協賛会委員、玉神輿、鳳神輿、菅公会(祭り囃子)の順である。
18:00 - 船渡御
陸渡御につづいてメインイベントの一つ。船は4種類に分けれられ、御神霊をのせた御鳳輦奉安船、催太鼓船や地車囃子船など神に仕える講社の供奉船、神をお迎えする風流人形を飾った御迎船、協賛団体や市民船などの奉拝船、その他どんどこ船や落語船など祭を盛り上げるため自由に航行できる列外船がある。奉安船や供奉船が天神橋のたもとから出航して大川を遡り、反転して下る。協賛団体による奉拝船は飛翔橋より下り、天神橋で反転し遡る。船同士が行き交う時には大阪締めが交換されるが、御鳳輦奉安船が通過するときは沈黙するのがならわしである。他に舞台船や篝船などもあるが、渡御せずに定着して神楽等を奉納する。御神霊を乗せた御鳳輦奉安船を見下ろすことがないように、御鳳輦奉安船の通過する橋の中央には正中の覆いがされる。渡御の渡中、御鳳輦船では水上祭が斎行される。定着している舞台船や供奉船から神楽や囃子が奉納される。この頃から花火講によって奉納花火が打ち上げられて祭は最大に盛り上がる。(1999年より花火講は消滅し、天神祭花火実行委員会によって、川崎公園・桜ノ宮公園の2箇所で奉納花火が実施されている。また2002年より川崎公園の打上現場は大阪日日新聞主催の水都祭として花火が打ち上げられている。)
22:00 - 宮入り・還御祭
渡御が終わった一団が天満宮に戻り、催太鼓と共に大阪締めを行う。獅子舞が四方清めと本殿へ走りこみ、その後還御祭が本殿で斎行されて祭りは終わる。
神事として祭のスケジュールには含まれていないが境内では地車囃子や龍踊りが奉納されたり、お迎え人形が展示されたりしている。境外でも下記のような催事が執り行われている。
・ギャルみこし
7月23日にオーディションで選ばれた女性が担ぐ神輿巡行。主催は天神橋筋商店会。選考がユニークで米俵を持ち上げる選考とかくし芸などのPR選考によって選出される。 ギャルみこしは、祭の渡御列(本隊)には参加しない。
・自動車渡御
宵宮の10:00頃から市内をトラックによってパレードを行う。トラックには子供神輿や地車囃子などが乗り込む。
・町内神輿宮入り
氏地の各町内の神輿が境内に宮入を行う。
・ドラゴンボート国際選手権
昭和63年から奉納イベントの一環として行われているドラゴンボートレース。 サンケイスポーツ主催。
・テレビ中継
本宮の日はテレビ大阪にて生放送される(19:00~20:54、関西ローカル)。なお、当日放送されるテレビ東京発の番組は、直近の土曜スペシャル枠で振替放送される。但し土曜日の開催の場合はこの枠にて放送するため、振替放送はない。
○天神祭に参加するには
天神祭に参加するためには基本的に講に所属しなければならない。天神祭はあくまで大阪天満宮の氏子による祭事であるためである。しかしながら、講の条件は厳しくなく、大阪天満ライオンズクラブ奉仕講など新しい講も認められている。また、講の人員不足のためアルバイトやボランティアといった形で参加することもできる。他には市民奉拝船が公募に応募したり、帝国ホテルの奉拝船のチケットを購入して船渡御に参加する手段もある。 天神祭清掃ボランティア天神祭美化委員会(ダストバスターズ)に参加する。
住吉祭
住吉祭は、7月31日に大阪市の住吉大社で行われる例大祭を中心とした祭礼。天神祭、愛染祭(生玉夏祭)と共に大阪三大夏祭りの一つ。
○概要
住吉祭は、7月31日に大阪市の住吉大社で行われる例大祭を中心とした祭礼。 おはらいと呼ばれる、住吉大社の夏祭りの一部、あるいは夏祭りそのものを指している。狭義では、住吉大社の夏祭りのうち、7月30日に行われる宵宮祭、7月31日に行われる夏越祓神事、例大祭を指す。 広義では、7月の海の日から8月1日まで行われる住吉大社の夏祭り、そのものを指している。 土地の者たち(地元庶民)が、住吉祭と言った場合、7月31日と8月1日の住吉大社の夏祭り(夏越祓神事、例大祭、神輿渡御祭)を指す。 (住吉大社HPでは、狭義の意味で説明しています)住吉大社神代記によれば、住吉大社の夏祭り(別名:おはらい)は、奈良時代には、六月の御解除(みはらえ、別名:南祭)として恒例的に行なわれていました。現在の住吉大社の夏祭りは、7月の海の日に、住吉公園で神輿洗神事が行われ、始まります。7月31日には、夏越祓神事(無計文化財)や、第一本宮で祭典(例大祭)が行なわれ、熊野舞や住吉踊りが披露されます。8月1日には神輿渡御祭が行われます。2005年から徒歩でのお渡りが復活しました。
○概要
住吉祭は、7月31日に大阪市の住吉大社で行われる例大祭を中心とした祭礼。 おはらいと呼ばれる、住吉大社の夏祭りの一部、あるいは夏祭りそのものを指している。狭義では、住吉大社の夏祭りのうち、7月30日に行われる宵宮祭、7月31日に行われる夏越祓神事、例大祭を指す。 広義では、7月の海の日から8月1日まで行われる住吉大社の夏祭り、そのものを指している。 土地の者たち(地元庶民)が、住吉祭と言った場合、7月31日と8月1日の住吉大社の夏祭り(夏越祓神事、例大祭、神輿渡御祭)を指す。 (住吉大社HPでは、狭義の意味で説明しています)住吉大社神代記によれば、住吉大社の夏祭り(別名:おはらい)は、奈良時代には、六月の御解除(みはらえ、別名:南祭)として恒例的に行なわれていました。現在の住吉大社の夏祭りは、7月の海の日に、住吉公園で神輿洗神事が行われ、始まります。7月31日には、夏越祓神事(無計文化財)や、第一本宮で祭典(例大祭)が行なわれ、熊野舞や住吉踊りが披露されます。8月1日には神輿渡御祭が行われます。2005年から徒歩でのお渡りが復活しました。
愛染まつり
愛染まつりは、大阪府大阪市天王寺区に位置する和宗総本山四天王寺の別院・愛染堂勝鬘院、通称「愛染さん」で催される祭りを指し、天神祭、住吉祭に並ぶ大阪三大夏祭りの一つ。仏教寺院が主催する夏祭り。 どれも、愛染さん、天神さん、住吉さんと愛称で呼ばれることが多いことから、「大阪の夏祭りは愛染さんで始まって住吉さんで終る」といわれることから、「あい(=愛)すみ(=住)ません」という言葉の語源となったという説や、「あい(=愛)すみ(=住)ません(=天)」と、大阪三大夏祭りの3つの覚え方として知られる。
○期間
毎年6月30日から7月2日。
○概要
愛染まつりは、聖徳太子の「苦しみ、悲しみを抱く人々を救済したい」という大乗仏教のご意向を直々に受け継ぎ、1400年の間続いている行事。聖徳太子ゆかりの勝鬘院(豊臣秀吉による再築。重要文化財)。金堂の御本尊が愛染明王であるため、「愛染さん」の愛称で親しまれている。愛染明王の御誓願を頼って開催される祭りに、色町の芸妓衆が駕籠に乗って参詣したのが「宝恵駕籠(ほえかご)」の始まりとなり、現在も浴衣娘が大勢参加する「女の祭り」。祭り期間中は、良縁成就・縁結び・夫婦和合に商売繁盛といったご利益がある愛染明王と、豊臣秀吉が朝鮮出兵の際に奉安したとされる大日大勝金剛尊が特別に無料開帳される。また、6月30日にはキャンペーンガールの愛染娘12人(平成19年度は11人)を紅白の布と愛染かつらの花で飾られた7台の「宝恵駕籠(ほえかご)」に乗せて「愛染さんじゃ、宝恵かご!」とJR天王寺駅前から勝鬘院までを練り歩くパレードで、最終目的地の愛染堂に到着した「宝恵駕籠(ほえかご)」は、本堂の前で高々と「かご上げ」され、一層の盛り上がりを見せる。参拝者は商売繁盛・愛嬌開運・恋愛成就を願って愛染娘さんたちから「花守り」と「笑顔」を受け取る。大阪市内最古の建築物である多宝塔(国の重要文化財)にて総本山四天王寺の管長および高僧が集結して厄除け祈願法要が行われる。7月1日には、愛染娘たちが各自の隠し芸や一発芸(書道・カラオケ・チアダンス・手品など)を舞台上で披露し、ミス愛染娘を決定する愛嬌コンテストで盛り上がる。300余の露店も出て、大変な賑わいを見せている。また、関西で夏祭りとされる初日(6月30日)ということで、浴衣を着て訪れる参詣者が多く、浪速の「いとさん」、「こいさん」たちがこの時期から浴衣を着始めることから別名、浴衣まつりとも呼ばれている。夕方に浴衣で愛染まつりに出掛けると、先着順に愛染娘から「ラブブレス」なる愛のブレスレットを無料で配っている(手を握って腕に巻いてくれる)サービスがある。6月30日の宵宮、7月1日の本祭、7月2日の残り福の3日間の間に、一度は小雨が降る。俗に言う愛染パラパラ。愛染さんへおまいりして、その行き帰りの途中で、この愛染パラパラに出あうと、その二人は結ばれるとか。また、愛染まいりの帰りに芝居を見るとゲンが良いとされる。正式名称は愛染まつり。しかし主催の勝鬘院が発行するポスターやホームページ上でも愛染祭、愛染祭り、愛染詣で、勝鬘愛染会と表記がバラバラで、特に拘りはないようである。
○愛染娘
愛染まつり期間中に、マスコミ表敬訪問や境内にて愛染まつりをPRする為に結成される浴衣娘。現在は毎年約300人~400人の一般公募による募集が行われ、一次審査(書類審査)と二次審査(面接)を経て10人の愛染娘が選ばれる。審査基準はルックス重視という訳では無く、「元気で愛嬌があり、伝統あるお祭り参加したいという意気込み」と「3日間とPR活動日に参加できる人」とされる。一般公募の愛染娘10人に、大阪市阿倍野区の清風情報工科学院で独自にオーディションで勝ち抜いた留学生2名が加わり、計12人の愛染娘として活動をする。年齢制限は18歳から35歳前後。愛染娘の服装は京都小泉(株)協賛の浴衣に、愛染かつらの造花を頭に挿し「愛染娘・愛染まつり」の襷をしている。募集は毎年4月頃から公式ホームページ、町のフリーペーパー、新聞記事などで募集要項が発表される。歴代愛染娘を経験後、タレントとして活動する人も多く、近年では藤原宏美(松竹芸能)、木島さやか(吉本興業)、桜・稲垣早希、増田倫子(吉本興業)、高津奈央(ジャパネットたかた)などがいる。平成22年度から、愛染まつり初日に行われる宝恵駕籠パレードの宝恵駕籠には乗らずに、駕籠を引きながらPRするギャルとして「愛染女組」の別途10人の娘が加わり、PR活動は22人体制で行われている。年齢制限は20歳から35歳前後。愛染女組の服装はサラシをまいて鶯色のハッピという、清楚な愛染娘というイメージではなく、元気な祭娘がテーマとなっている。募集は愛染娘と同様、毎年4月頃から募集要項が発表される。愛染まつり2日目の夜に10人の愛染娘の中から1名のミス愛染娘を決める演芸大会「ミス愛染娘(愛嬌)コンテスト」が舞台で開催され、その年のミス愛染が選ばれ前年度のミスからティアラが手渡される。主に次年度の愛染娘が決定するまでの間の広報活動を担当する。愛染まつり3日目の夜には愛染女組による組長を決定する「愛染堂から愛を叫ぶ!」が舞台で開催。 関ジャニの好きやねん大阪を愛染まつりVer.で歌って踊り観客を大いに喜ばせた。天王寺警察署からの依頼で「交通安全週間」の簡易ポスターのモデルも毎年恒例となっている。
○期間
毎年6月30日から7月2日。
○概要
愛染まつりは、聖徳太子の「苦しみ、悲しみを抱く人々を救済したい」という大乗仏教のご意向を直々に受け継ぎ、1400年の間続いている行事。聖徳太子ゆかりの勝鬘院(豊臣秀吉による再築。重要文化財)。金堂の御本尊が愛染明王であるため、「愛染さん」の愛称で親しまれている。愛染明王の御誓願を頼って開催される祭りに、色町の芸妓衆が駕籠に乗って参詣したのが「宝恵駕籠(ほえかご)」の始まりとなり、現在も浴衣娘が大勢参加する「女の祭り」。祭り期間中は、良縁成就・縁結び・夫婦和合に商売繁盛といったご利益がある愛染明王と、豊臣秀吉が朝鮮出兵の際に奉安したとされる大日大勝金剛尊が特別に無料開帳される。また、6月30日にはキャンペーンガールの愛染娘12人(平成19年度は11人)を紅白の布と愛染かつらの花で飾られた7台の「宝恵駕籠(ほえかご)」に乗せて「愛染さんじゃ、宝恵かご!」とJR天王寺駅前から勝鬘院までを練り歩くパレードで、最終目的地の愛染堂に到着した「宝恵駕籠(ほえかご)」は、本堂の前で高々と「かご上げ」され、一層の盛り上がりを見せる。参拝者は商売繁盛・愛嬌開運・恋愛成就を願って愛染娘さんたちから「花守り」と「笑顔」を受け取る。大阪市内最古の建築物である多宝塔(国の重要文化財)にて総本山四天王寺の管長および高僧が集結して厄除け祈願法要が行われる。7月1日には、愛染娘たちが各自の隠し芸や一発芸(書道・カラオケ・チアダンス・手品など)を舞台上で披露し、ミス愛染娘を決定する愛嬌コンテストで盛り上がる。300余の露店も出て、大変な賑わいを見せている。また、関西で夏祭りとされる初日(6月30日)ということで、浴衣を着て訪れる参詣者が多く、浪速の「いとさん」、「こいさん」たちがこの時期から浴衣を着始めることから別名、浴衣まつりとも呼ばれている。夕方に浴衣で愛染まつりに出掛けると、先着順に愛染娘から「ラブブレス」なる愛のブレスレットを無料で配っている(手を握って腕に巻いてくれる)サービスがある。6月30日の宵宮、7月1日の本祭、7月2日の残り福の3日間の間に、一度は小雨が降る。俗に言う愛染パラパラ。愛染さんへおまいりして、その行き帰りの途中で、この愛染パラパラに出あうと、その二人は結ばれるとか。また、愛染まいりの帰りに芝居を見るとゲンが良いとされる。正式名称は愛染まつり。しかし主催の勝鬘院が発行するポスターやホームページ上でも愛染祭、愛染祭り、愛染詣で、勝鬘愛染会と表記がバラバラで、特に拘りはないようである。
○愛染娘
愛染まつり期間中に、マスコミ表敬訪問や境内にて愛染まつりをPRする為に結成される浴衣娘。現在は毎年約300人~400人の一般公募による募集が行われ、一次審査(書類審査)と二次審査(面接)を経て10人の愛染娘が選ばれる。審査基準はルックス重視という訳では無く、「元気で愛嬌があり、伝統あるお祭り参加したいという意気込み」と「3日間とPR活動日に参加できる人」とされる。一般公募の愛染娘10人に、大阪市阿倍野区の清風情報工科学院で独自にオーディションで勝ち抜いた留学生2名が加わり、計12人の愛染娘として活動をする。年齢制限は18歳から35歳前後。愛染娘の服装は京都小泉(株)協賛の浴衣に、愛染かつらの造花を頭に挿し「愛染娘・愛染まつり」の襷をしている。募集は毎年4月頃から公式ホームページ、町のフリーペーパー、新聞記事などで募集要項が発表される。歴代愛染娘を経験後、タレントとして活動する人も多く、近年では藤原宏美(松竹芸能)、木島さやか(吉本興業)、桜・稲垣早希、増田倫子(吉本興業)、高津奈央(ジャパネットたかた)などがいる。平成22年度から、愛染まつり初日に行われる宝恵駕籠パレードの宝恵駕籠には乗らずに、駕籠を引きながらPRするギャルとして「愛染女組」の別途10人の娘が加わり、PR活動は22人体制で行われている。年齢制限は20歳から35歳前後。愛染女組の服装はサラシをまいて鶯色のハッピという、清楚な愛染娘というイメージではなく、元気な祭娘がテーマとなっている。募集は愛染娘と同様、毎年4月頃から募集要項が発表される。愛染まつり2日目の夜に10人の愛染娘の中から1名のミス愛染娘を決める演芸大会「ミス愛染娘(愛嬌)コンテスト」が舞台で開催され、その年のミス愛染が選ばれ前年度のミスからティアラが手渡される。主に次年度の愛染娘が決定するまでの間の広報活動を担当する。愛染まつり3日目の夜には愛染女組による組長を決定する「愛染堂から愛を叫ぶ!」が舞台で開催。 関ジャニの好きやねん大阪を愛染まつりVer.で歌って踊り観客を大いに喜ばせた。天王寺警察署からの依頼で「交通安全週間」の簡易ポスターのモデルも毎年恒例となっている。
大阪三大夏祭り
大阪三大夏祭りは、大阪府大阪市で開催される天神祭、愛染祭、住吉祭の3つの夏祭りを合わせた呼び方のこと。
○概要
大阪市天王寺区の四天王寺支院・愛染堂 勝鬘院の愛染まつり、大阪市北区の大阪天満宮の天神祭、大阪市住吉区にある住吉大社の住吉祭が大阪三大夏祭りとされる。毎年6月30日、日本中で一斉に夏越しの大祓えが行われるので、その日からの祭りを夏祭りと定義すると、関西では愛染まつりを皮切りに数々の夏祭りが開催され、天神祭でピークを迎え、住吉祭でしめくくるとされる。「あい(=愛)すみ(=住)ません(=天)」という言葉の語源となったという説が、大阪三大夏祭りの3つの覚え方として知られる。大阪は特に夏祭りが多く、この1ヶ月の間に大小かかわらず幾つもの祭事が行われるが、地域的な氏子組織が主催している夏祭りではなく、特にマスコミ、全国紙などメディアで積極的に紹介されたりニュース記事として取り上げられ、各方面からの参詣者が集まるこの3つの祭りが大阪三大夏祭り、浪花三大夏祭りと呼ばれる。6月下旬吉日~25日の約1ヶ月間の長きに渡って諸行事が行われる天神祭は日本三大祭りの一つにもあげられる程有名である。また愛染まつりのみ寺院による夏祭り(夏越し大祓え)を行うのは、明治政府による神仏分離令によって神社と仏閣が明確に色分けされる以前(神仏習合時代)の流れを汲むものとされ、特に神社の夏祭りと内容は相違なく同格、もしくは聖徳太子の誓願によって始められたという四天王寺僧侶が行う夏越の大祓え(厄除け祈願大法要)は歴史的財産として、民俗学の面からも貴重な伝統行事として扱われている。
愛染祭(6月30日~7月2日)
天神祭(6月下旬吉日~7月25日・中心は7月24・25日)
住吉祭(7月20日~8月1日・中心は7月30日~8月1日)
○概要
大阪市天王寺区の四天王寺支院・愛染堂 勝鬘院の愛染まつり、大阪市北区の大阪天満宮の天神祭、大阪市住吉区にある住吉大社の住吉祭が大阪三大夏祭りとされる。毎年6月30日、日本中で一斉に夏越しの大祓えが行われるので、その日からの祭りを夏祭りと定義すると、関西では愛染まつりを皮切りに数々の夏祭りが開催され、天神祭でピークを迎え、住吉祭でしめくくるとされる。「あい(=愛)すみ(=住)ません(=天)」という言葉の語源となったという説が、大阪三大夏祭りの3つの覚え方として知られる。大阪は特に夏祭りが多く、この1ヶ月の間に大小かかわらず幾つもの祭事が行われるが、地域的な氏子組織が主催している夏祭りではなく、特にマスコミ、全国紙などメディアで積極的に紹介されたりニュース記事として取り上げられ、各方面からの参詣者が集まるこの3つの祭りが大阪三大夏祭り、浪花三大夏祭りと呼ばれる。6月下旬吉日~25日の約1ヶ月間の長きに渡って諸行事が行われる天神祭は日本三大祭りの一つにもあげられる程有名である。また愛染まつりのみ寺院による夏祭り(夏越し大祓え)を行うのは、明治政府による神仏分離令によって神社と仏閣が明確に色分けされる以前(神仏習合時代)の流れを汲むものとされ、特に神社の夏祭りと内容は相違なく同格、もしくは聖徳太子の誓願によって始められたという四天王寺僧侶が行う夏越の大祓え(厄除け祈願大法要)は歴史的財産として、民俗学の面からも貴重な伝統行事として扱われている。
愛染祭(6月30日~7月2日)
天神祭(6月下旬吉日~7月25日・中心は7月24・25日)
住吉祭(7月20日~8月1日・中心は7月30日~8月1日)
2012年6月25日月曜日
先日の新聞に書いてあったこと
先日の新聞に書いてあったことですが、一部の高校の名簿が俺俺詐欺(振り込め詐欺の1種)のグループに流れているらしい。僕の出身高校の名簿もその手のグループに流れているらしい。僕のところにはまだその手の電話は掛かっていないが、皆さん気をつけようね。
そういえば大学の卒業生の名簿を作るので返事を書いてくれといった内容の手紙(往復葉書)が着ていたことがあったと記憶している。当然大学とは全く無関係だそうだ(大学のホームページに書かれていた)。最近は個人情報に関する色々な問題が出てきているので気をつけようね。
そういえば大学の卒業生の名簿を作るので返事を書いてくれといった内容の手紙(往復葉書)が着ていたことがあったと記憶している。当然大学とは全く無関係だそうだ(大学のホームページに書かれていた)。最近は個人情報に関する色々な問題が出てきているので気をつけようね。
2012年6月19日火曜日
箕面まつり2012
箕面まつりは、大阪府箕面市で行われる祭。市制施行30周年のプレイベントとして実施された1986年(昭和61年)から毎年開催されている。年によって前後することもあるが、概ね7月の最終土曜日から日曜日にかけて行われる。同市の芦原公園内ときめき広場に設置する屋外ステージでのイベントをはじめ、その周辺の公共施設などでの屋内外の各種イベント、出店、市役所から箕面駅前までのパレードなどが行われている。また、7~8月に開催される地域のイベントを「関連イベント」として箕面まつり推進協議会が支援している。
○ポスター
箕面まつりの宣伝に使われるポスターは、毎年箕面まつり推進協議会が公募している。
2012年の開催日程は7月28日(土)・29日(日)
○ポスター
箕面まつりの宣伝に使われるポスターは、毎年箕面まつり推進協議会が公募している。
2012年の開催日程は7月28日(土)・29日(日)
登録:
投稿 (Atom)
