2020年10月26日月曜日

京大教授・藤井聡氏「大阪都構想」は維新への信任投票ではない【注目の人直撃インタビュー】

【注目の人 直撃インタビュー】藤井聡氏(京都大学大学院教授)

大阪市を廃止するのか、しないのか――。「大阪都構想」の是非を巡る住民投票(投開票11月1日)が真っただ中だ。2015年の住民投票で一度否決されたにもかかわらず、大阪維新の会と公明党がタッグを組み、再び提案。そんな都構想の危険性について警鐘を鳴らし続けているのが、この人だ。終わったはずの構想がなぜ復活したのか、大阪再興のカギとは何か。ざっくばらんに語ってもらった。
◇  ◇  ◇
――都構想について、「大阪が都になる」と誤解している人もいます。
最大の問題は、住民投票の対象が、“都”構想ではないということ。「大阪を都にする構想」と解釈されがちですが、これがすでに間違い。多くの人が中身をあまり考えずに、言葉のイメージだけで大阪が発展するもんだと思って、何となく支持してしまっています。
――肝心の中身は何でしょう。
大阪市の選挙管理委員会のホームページを見ていただくと、「大阪市廃止・特別区設置住民投票」と書いてある。実態は、市を潰して4つに分割するという話なんです。まず、この事実が知られていない。今回の住民投票の趣旨を正確に判断するためには、「大阪都構想」と呼んではいけないのです。市廃止と特別区設置について賛否を問うているのですから。
――5年前から都構想をゴリ押ししているのが大阪維新です。
都構想への賛否が維新の政治への賛否と重複して理解されていますが、今回の住民投票を維新への信任投票だと思わないことが大事です。維新への賛否と市廃止への賛否は全く別の問題。有権者の方には、何の賛否なのかをしっかりご理解いただきたい。名前で何となく賛成してしまう、維新が賛成だから賛成してしまう人は、都構想の中身をほとんど知らないのでしょう。
――市がなくなる可能性があるのに、なぜ中身が知られていないのでしょう。
推進派が説明をしていないからでしょう。5年前の住民投票の時に、推進派は「テレビや車を買う時に中身は見ない」「この車が使いやすいか、テレビが見やすいかどうかで考えるんだから、中身は見なくてもいい」「信頼してください」などと説明していた。そうしたことが繰り返されています。

○実現から10年は500億円のコスト増
――都構想が実現すれば、「二重行政を解消できる」「大阪の成長につながる」とも喧伝されています。
そもそも、二重行政があるのか、ないのか。ないですよ。松井大阪市長は市議会で、二重行政の有無を聞かれて「今はない」とお答えになった。ひと昔前は、最低でも年間4000億円の行政コスト削減ができ、これが大阪の成長に爆発的な効果があるんだと言っていましたが、過大だと指摘されると、最終的に数億円から10億円、あっても20億円程度と言うようになった。これは2015年時点での話です。したがって、「二重行政を解消するために大阪都構想だ」という意見は全く成立していない。推進派が信じているメリットは幻想にすぎません。
――都構想にメリットがないとなると、それが実現したら、一体どんな惨状が待ち構えているのでしょう。
多くの地方行政学者や財政学者が真剣に懸念しているのが、行政サービスの低下です。これは確実に起こります。都構想によって、市の年間予算の4分の1にあたる2000億円ものお金と権限が大阪府に吸い上げられるからです。知事は府全体の代表者なので、2000億円を府の人口の30%しか占めない大阪市民だけに使うことはあり得ない。さらに、市を4つの特別区に分割するので、議会も役所も教育委員会も4つ必要になります。2015年の住民投票の時に500億~600億円かかるといわれた初期投資を削っても、いまだに200億円かかるといわれています。加えて、毎年のランニングコストが30億円。だから、今の条件でも、都構想実現から10年で500億円は余分にお金がかかるのです。
――莫大なコストですね。
さらに、都構想が通ったら、大阪市役所で働いている3万6000人もの職員が仕事をいったんストップし、4つの役所や府に割り振られることになります。仕事の引き継ぎや調整に莫大なコストがかかるし、市民のために働いている職員の労力がそがれます。行政サービスの低下と行政の混乱は必至です。
――デメリットしかない都構想が、なぜ復活したのでしょうか。
その理由は政治学的に考える必要があります。そもそも維新に限らずどんな政党でも選挙での勝利を極めて重大視している。そして維新にとっては「都構想で大阪をよくするんや」という主張が選挙対策として非常に効果的に機能している、という現実がある。したがって、維新が都構想を主張しだすのは、必然的な流れといってもよい。ましてや維新のような、基礎地盤がもともとなかった新興勢力においてはそういうプロパガンダに頼る傾向が概して強い。それが都構想が復活した根本的原因でしょう。
――維新は今回、公明党も抱き込みました。
否決されたのに再び住民投票になった背景には、公明党の党利党略があります。関西は公明党の支持者が多く、「常勝関西」という言葉がある通り、大阪にも公明党議員が多い。そこに、何としても住民投票を実現したい維新が目をつけ、「住民投票の実施と都構想に協力しなければ、衆院選で対立候補を立てる」という交渉を(半ば脅しのような形で)持ちかけたのです。結果、公明党は大阪市内で選挙に非常に強い維新の脅しに屈してしまった。これはもはや周知の事実です。
――党利党略に市民が振り回されていると。
それだけではありません。5年前は大阪市役所の役人が維新に「魂」を売っていなかったので、住民投票前の説明会などでも、いろんな反対派の意見も一応紹介されていました。当時は役所のホームページにも、移行に600億円、ランニングコストに30億円かかるということが粛々と書かれていた。ところが今は、市役所と維新がかなり一体化してきている。市役所のホームページが、特定政党の意向にかつてより大きく影響される内容となっている。これは深刻な問題です。本来、政党と役所は、一線を画す必要があるはずです。特に「投票」においてはそうでしょう。
――「都構想が日本を破壊する」と主張しています。
行政コストと手間を考えると、大阪は成長するどころか、都市計画すら前に進まなくなるでしょう。防災力も減退するので、自然災害による被害は何倍、何十倍に膨れるか分かりません。都市機能として大阪が衰退すると、大阪を中心とする経済圏に入っている周辺県も没落することになる。東京も無傷ではいられないでしょう。さらに、改革勢力である維新が党勢を拡大することによって、自民党の「ブレーキ役」を自負している公明党の力が相対的に弱まり、自民党の改革勢力が一層強くなる。その結果、新自由主義やグローバリズムが加速します。プロパガンダに訴えた、国民不在の党利党略が横行するようにもなり、民主主義の熟度が低下することも考えられます。まさに、日本の没落です。
――都構想に頼らない大阪の再興の方法とは何でしょう。
ズバリ、「大大阪」構想です。大阪を発展させるには、次のことをやればいいと考えます。まず、リニア新幹線を一日でも早く大阪に延ばす。次に、北陸新幹線を大阪まで延伸する。大阪は北陸と1時間で行き来できるようになり、北陸を大阪の「商圏」の中に組み入れることができる。そして、その北陸新幹線を一日でも早く、関西国際空港につなげる。関空と大阪の都心部を10分台で行き来できるようになり、世界のビジネスマンが大阪にすぐに来られるし、大阪にビジネスの拠点を置いて世界にもすぐ出られる。さらには、北陸新幹線を関空を経由して四国まで延ばすことで、中国地方から北陸まで入れた巨大な経済圏をつくることができるのです。このプロジェクトは急げば、2020年代で完遂できますが、都構想が通ったら、水の泡とは言わないまでも、かなり遅れるでしょう。住民投票で賛成と出るか、反対と出るかで、日本の歴史は全く変わると思います。

(聞き手=高月太樹/日刊ゲンダイ)

日刊ゲンダイDIGITAL / 2020年10月26日 9時26分