2022年12月11日日曜日

「バブル崩壊前後」にヤクザと金融機関の間で起こっていた「衝撃すぎる出来事の数々」

 平成バブルとバブル崩壊時期に、日本の金融界は反社会的勢力による大規模な侵入を許し、これが平成金融危機後の長期停滞の原因のひとつになった。バブル期の地上げをはじめとするフロント企業の暗躍、バブル崩壊期の反社会的勢力による債権回収妨害、その対処に当たった日銀・警察・検察・国税(査察)・裁判所出向者から構成された預金保険機構の人々の生々しい経験を描いた海棠進『ヤクザと金融機関』(朝日新聞出版)が上梓された。元日本銀行員・元預金保険機構職員の海棠氏(筆名である)は、預金保険機構大阪業務部時代に、京都のとある名庭をフロント企業が占拠した事件、敦賀地方の反社会的勢力が建設した豪邸とバックにある原子力発電所の事件、バンク・オブ・アメリカを経由したマネーロンダリング案件、和歌山県で暴力団組事務所に強制執行をかけ建物を暴力団追放県民センターに生まれ変わらせた件、悪質不動産業者が登記官を買収して不法登記を行った件などに対峙ないし遭遇している。それら驚愕の事件の詳細については著書にあたっていただくとして、そもそもバブル期前後に金融機関と反社会的勢力の間で何が、なぜ起こり、どうやって解決し、その教訓は何なのかについて、海棠氏にメールインタビューをお願いした。

〇バブル期に反社会的勢力と金融機関は「共犯関係」にあった

――「ヤクザ不況」と呼ばれる不良債権の焦げ付きの原因のひとつは、当時は銀行がフロント企業を見抜くノウハウがまだ確立されていなかった、ということでしょうか。

海棠 残念なことですが、フロント企業を見抜くノウハウがなかったということもあったでしょうが、バブル期は、融資拡大競争が今より格段に激しかったので、融資ノルマの達成のために、「うすうす感じていたけれど、融資による儲けが莫大だから、多少のリスクには目をつぶろう」といったスタンスの金融機関が多かったと思います。

――一部の金融機関側がフロント企業と結託していたこともあるとの記述を読んで驚きましたが、その場合の金融機関側の動機は「(相手がどんな存在であれ)ビジネス上の数字を作れるから」ということでしょうか。

海棠 太平洋銀行や阪和銀行、関西興銀といった先は、フロント企業というより、直接暴力団に融資していたわけですから、相手はかまわず「儲かればいい」という態度で、融資したということだと思います。

――反社会的勢力に融資した資金の回収が困難な場合にサービサー(民間の債権回収専門業者)にほかの回収可能な債券と混ぜて売却し、結果サービサーが反社会的勢力から実質的に回収せずにヤクザ等は借りた分丸儲けになるのでフロント企業を作って同じことを繰り返していた、という話がありました。一度やられたり、そういう手口があるという情報が業界に出回ったら警戒する気がするのですが、全体がバブルで儲かっていたので放置されたということでしょうか。

海棠 この話はバブル期ではなく、そのあとの崩壊期のことです。金融機関は反社会的勢力がらみの融資の回収は基本的にしません。リスクがある上に、コストもかかるからです。そのため、サービサーを利用して、金融機関としての融資案件から切り離し、いわば、庭先をきれいにしたということでしょう(金融庁や日銀の検査対策という観点もあります)。

サービサーの方も、反社会的勢力向けの融資については、回収努力はしなくても、他の融資案件で十分に採算がとれれば、全体としては儲かります。金融機関とサービサーにとっては、お互いにWIN-WINな取引ですから、そういうやり方があるとわかったので、一気に広がったのです。一言でいうと金融機関の責任逃れですね。もちろん、一番得をしたのは、融資回収を免れた反社会的勢力ということでしょうが。

――「バブルが崩壊し、フロント企業の業績が悪化し、破綻懸念が出てきてから、監督当局が初めて気が付くということも珍しくなかった」と本文中にありましたが、バブルが崩壊していなかったら(ないしはもう数年続いていたら)、金融機関はずっと食い物にされていた可能性もある? 

 海棠 「食い物にされる」というのは金融機関が一方的な被害者ということになりませんか。むしろ、バブル期には反社会的勢力と金融機関は共存・共犯関係に近かったのではないかと思っています。バブルが崩壊していなかったら、反社会的勢力と金融機関の「共犯関係」が一層深化したのではないかと思います。

――山一証券破綻(廃業)の大きな原因のひとつが、総会屋に供与した信託がバブル崩壊で価格が急落した分を「元本保証」した(大量の損失補填を実施した)ことだとは知らなかったので驚きました。もし払わなければ株主総会その他が荒らされるので払わざるを得なかったということでしょうか? 97年12月の商法改正で利益供与罪の罰則が強化されていますが、これがもっと早かったら97年11月の山一破綻も避けられた可能性がある? 

海棠 総会屋等に流れた金額は山一証券の全体のロス額に比べると少額です。むしろ、特金・ファントラ(特金=特定金銭信託。 ファントラ=ファンドトラスト 。いずれも企業などが金銭を信託銀行等に信託し、株式などの有価証券に投資・運用する目的の信託商品) について「元本保証」を続けた結果、膨大なロスが溜まり続け、海外の子会社に「飛ばし」を行ったことが発覚し、廃業にいたったものです。利益供与罪の罰則強化は大事なことですが、山一の破綻とは直接結びつきません。

――バブル期の「地上げ」と金融機関の関係ですが、反社会的勢力を使って威嚇行動等により短期間で地上げを完成させている悪徳不動産業者だと知りつつも、その膨大な収益力を目当てに金融機関が大規模融資を実施していた、あるいは地上げをしていたフロント企業自体に(知らずに? )融資していた、ということですよね? そしてさらに、バブル崩壊後の地価急落時期には競売を妨害して金融機関の資金回収を妨害する「占有屋」として、建物を物理的に「若いもん」が占拠したり勝手に小屋を建てたりして、反社会的勢力が脅威となったと。金融機関は地上げに半分(? )加担していて、そのツケを食った面もあるということでしょうか。

海棠 バブル期には、金融機関からフロント企業に直接融資していたケースもかなりあったと思います。不動産業者に融資していたら、不動産業者がフロント企業を使っていたため、巻き込まれたというケースもありました。バブル崩壊後の「占有屋」の暗躍については、無論バブル期に当該不動産に融資をしていた場合も多かったと思います。ただ、バブル崩壊期の新たな金儲けの手段として、反社会的勢力が、それまで関係のなかった案件に「占有屋」として参加することも多かったようです。

〇反社会的勢力の金融機関への侵食に対する後始末と予防

――阪和銀行の破綻処理に旧従業員の抵抗があり、盗聴が横行し、処理チームには人数分の防弾チョッキが預金保険機構から届けられたとありました。銀行の破綻処理は関わる人間にとっては文字通り命懸けの仕事という空気だったのでしょうか。

海棠 全ての銀行の破綻処理が命がけの仕事であったとは言えません。なにしろ、182の金融機関が破綻していますので。目立ったのは、北朝鮮系信用組合の破綻に関しては、国会議員を動員して妨害工作をしたり、破綻処理部隊のみならず、日銀や預金保険機構の幹部にも脅しが来ることも多々ありました。

――困難な回収仕事に従事されていた預金保険機構の方々は財務局、税関、国税、日銀、都道府県警察本部、裁判所、検察庁の出向者からなるある意味ドリームチームですが、金融関係でここまで多様な出自の人たちがひとつの職場で働くことはほかにあるものなのでしょうか。

海棠 私の知る限り他に例をみないと思います。おかげ様で、裁判官、検事、警察官、国税査察官と親しく「同じ釜の飯」を食べ、仕事をすることにより得たものは大きかったと思います。普段、日銀・大蔵省(財務省・金融庁)・国会のみの世界に住んで居たのでは分からないことを知ることができました。個人的にも、裁判官・検事・警察官・国税査察官の数多くの友人を得ることができ、貴重な財産だと感じています。

――専門性のある人たちが一丸とならないと回収は到底できなかった? 

海棠 金融機関の口座調査は預金保険機構職員しかできません(主に国税査察官の担当)。暴力団の実態や動きについては、都道府県警察の情報が必要です。刑事事件化できるかどうかは、検事や裁判官の知見が必要です。反社会的勢力からの債権回収と、悪質債務者の民事・刑事の責任という任務を同時に行うためには、専門性のある人たちの合同チームがどうしても必要だったと感じています。

――反社会的勢力が金融機関を狙う手口を予防したり、回収が難しくなった資金を回収するためには、やはり法改正が一番効くのでしょうか。

海棠 抜本的な対処のためには法改正が大事だと思います。ただし、法改正には時間がかかります。短期賃貸借を悪用した強制執行妨害については、法改正までに15年あまりの年月を要しています。現在問題となっている、統一教会の問題も40年間放置されたままでしたよね。その意味で、反社会的勢力の暗躍の動きを警察・検察・マスコミを中心に素早く察知することが重要です。反社会的勢力がその分野にどのような形で侵入してくるかがはっきりすれば、法改正以前に様々な対処方法があるはずです。

現実に起きた、驚愕の事件の数々から学ぶべきこと

 ――バブルやバブル崩壊後に京都を舞台に暗躍したフロント企業家や政治ゴロ5人の苗字に全て「山」という字がついていることに由来して「悪の五山」と呼ばれていたとか、暴力団の事務所を強制執行して差し押さえるもその後競売が難しいために暴力団対策センターの事務所になったとか、『ヤクザと金融機関』の中には「マンガかVシネかな」と思うような凄まじいエピソードが山ほど登場します。海棠さんは当事者として駆け抜け、また、本にこうしてまとめてみて、どんな感想・感慨を抱いていますか。

海棠 この本に書かれたことは、マンガやVシネマではなく、真実の記録です。公式の裁判資料等で裏付けられているものです。小説ではありません。逆に言うと、バブル期やバブル崩壊期のことを、実録風小説ではなく、正確に記録し、残しておきたかったのです。暴力団事務所に強制執行をかけて暴力団追放センターにした件も、当初から計画していたものではなく、いわば苦し紛れに、知恵を出し合って行ったものです。ある意味、戦争中のことを私共の親の世代が書き残していることに近いかもしれません。預金保険機構大阪業務部では、反社会的勢力といわば直接対峙して戦っていたわけですが、そのことは世間にはあまり知られていません。一緒に戦った、裁判官、検事、警察官、国税査察官のためにも、真実の正確な記録を残しておきたかったのです。

――お金を貸すことに比べて反社会的勢力から回収することのあまりの難しさに『ヤクザと金融機関』を読んでいるとクラクラしてきます。コロナ禍で2020年、21年には金融機関から企業に対してそれほど精査されることなく資金がジャブジャブに供給されたことを思うと、また同じことが起きるのではと恐ろしくなってきます。海棠さんはどのように見ていらっしゃいますか。

海棠 確かに、コロナ下での超金融緩和がどのような結果をもたらすかは、元日銀マンとして興味深くみているところです。反社会的勢力がどのような動きをするのかを含めて。

――バブルとその崩壊後に金融機関や関係官庁が経験したことから得た教訓で、当時を知らない世代に知ってもらいたいことには、どんなことがありますか。

海棠 まず、起きている事実=ファクトを素直に「みる」ことを学んでほしいと思います。反社会的勢力の侵入に気づくことが遅れた自身の反省を込めて言っています。いやなことでも逃げずに「みる」ことが大事です。金融機関や金業界が、いわば正気を失っていたことの後始末にどれほどのコストと時間がかかったのかという点も是非知ってほしいと思います。当時正気だったのはむしろ反社会的勢力の方だったのかもしれません。さらには、物事を抜本的に解決していくための、構想力を身に着けてほしいと思います。

――最近のことで反社会的勢力と金融機関との関係で危惧されていること、あるいは海棠さんが取り組まれていることがあれば教えてください。

海棠 本の最後に記した休眠預金の関係で、過去に遡って休眠預金を全廃することを検討すべきだと思っています。預金保険機構大阪業務部で学んだことは「犯罪には預金口座が必要」ということでした。休眠預金を全廃できれば、犯罪者が利用する預金口座を劇的に減らすことが可能になります。現在、新たに預金口座を開くためにはマイナンバーカード等身分証明書が必要で、しかも預金口座の売買は犯罪になっているからです。休眠預金の全廃はまだ猛威を振るっている振込詐欺の強力な防止策になります。


飯田 一史(ライター)


2022/12/11(日) 7:02配信現代ビジネス