2023年3月3日金曜日

メリットだらけにみえるが…来年スタート「新NISA」に潜む“2つの落とし穴”【投資のプロが解説】

 近年認知度が高まり、徐々に始める人が増えている「NISA(少額投資非課税制度)」。しかし、デメリットも少なくなかったことからこれが大幅に見直され、2024年から「新NISA制度」が導入されることとなりました。今回は、鎌倉投信の代表取締役社長である鎌田恭幸氏が、この新NISA制度に潜む「2つの落とし穴」を解説します。

〇来年から始まる「新NISA制度」…主な変更点は?

金融業界では、令和5年度税制改正に盛り込まれた「資産所得倍増プラン」の実現に向け、目玉施策である「新NISA制度」への関心と、その準備に向けた機運が高まっています。つみたてNISA(年間投資上限額40万円、非課税期間20年)と一般NISA(年間投資上限額120万円、非課税期間5年)のいずれか1つを選択する 現行のNISA制度は、令和6年(2024年)1月から主に以下のような点が変わろうとしています。「1.「成長投資枠」と「つみたて投資枠」に枠組みが変わり、その併用が可能 」「2.年間投資上限額が、最大360万円(成長投資枠240万円+つみたて投資枠120万円)に大幅に拡大」「 3.非課税保有期間の無期限化」「 4.生涯非課税限度額が設定され、最大1,800万円に(非課税限度額は生涯利用可能であり、「簿価(=取得価額)」で総枠が管理され、保有する有価証券をいったん売却して再投資した場合も適用されるなど、非課税枠の再利用が可能)」「 5.制度の恒久化」このこと自体は、現在のNISA制度と比べると利便性も高まり、個人投資家の資産形成に大きく貢献する可能性があるので、筆者は好ましいと考えます。その一方で、個人投資家や運用商品を提供する資産運用会社は、次のような落とし穴に入り込まないように、自らの投資姿勢をしっかりと持っておきたいところです。

〇新NISA制度の「2つの落とし穴」

1.投資家…販売会社による「囲い込み」

NISA口座が複数の金融機関で同時に利用できないことから、1,800万円の投資資金の総取りを狙って、金融機関による獲得競争が激化することが想定されます。その際、成長枠については株式投資も可能なため、株式を扱える証券会社の営業マンから「銀行などの他の金融機関よりも有利である」などといった誘い文句が聞こえてきそうです。また、違う観点からは、「簿価(=取得価額)」で総枠が管理されるため、短期売買を目的とした投資勧誘や、個人投資家のリスク許容度や運用姿勢などに適合しない投資勧誘が増えることも気がかりです。そのため個人投資家は、本当に顧客の立場に立って運用商品を提供したり、説明責任をしっかりと果たしてくれる金融機関を選択する必要があります。筆者が経営する資産運用会社でも新NISAに係る勉強会などを実施していますが、書籍を読んだり、そうした勉強会に参加したりするなどして、自ら改めて考えて資産形成に取り組むことが肝要です。「自ら考えること」は、資産形成で成功するうえで、とても重要な要素なのです。

2.運用会社…「販売会社依存」の業界体質への逆戻り

一方、運用商品を供給する側である資産運用会社にも、新NISA制度によって明確なポリシーが求められることになります。富裕層を除く多くの個人投資家の場合、生涯を通じた資産運用額は、新NISAの生涯非課税枠1,800万円の範囲内に収まる可能性が高いです。その結果として、NISA口座を多く保有する販売力の強い販売会社は、資産運用会社よりも立場が強くなるかもしれません。そのため、資産運用会社は、販売会社依存の体質から脱却し、資産運用会社の独立性を高め、運用力の高度化を図ろうとする現在の流れに逆行しないよう、受託者責任を強く意識したいものです。

〇より重要視される「金融教育」

こうした動きとは別に、近年、「金融教育」や「金融リテラシー」という言葉をよく見聞きするようになりました。今年度から段階的に、小・中・高校向けの教育指導要領のなかに、経済や金融の仕組み、生活設計や資産運用、さらにはキャリア形成が盛り込まれるなど、今後、金融についての学びがより身近なものになりそうです。また、学校だけではなく、社員教育の一環として「資産形成」を社員自らが考える機会を提供する会社も増えており、弊社もそうした場に声をかけられることが多くなりました。長く地道な取り組みになりますが、なるべく早い時期からお金や資産形成に係る学びに触れることは、新たなNISA制度を活かすうえで、重要な施策のひとつです。

・「金融教育」の定義

そもそも、金融教育や金融リテラシーといった言葉で表現される金融の学びとは、どのように定義されるものなのでしょうか。広く金融の学びを推進している金融広報中央委員会によると、「金融教育は、お金や金融のさまざまな働きを理解し、それを通じて自分の暮らしや社会について深く考え、自分の生き方や価値観を磨きながら、より豊かな生活やよりよい社会づくりに向けて、主体的に行動できる態度を養う教育である」として、金融教育プログラムは「社会のなかで生きる力を育む授業である」と謳っています。筆者は、お金について考えることは、単なる知識を得ることではなく、人生そのもの、つまり自分の価値観や人生観を深めるためのものだと思ってきましたから、こうした定義に違和感はありません。一方で、学生向けの授業を「主体的に行動できる態度」や「生きる力を育む」ものにしていくためには、単に教える授業で終わらせずに、より生徒に腹落ちさせることが求められのではないでしょうか。

〇金融教育キャンプに参加して…筆者が得た「気づき」

昨年夏、ある団体が主催し、弊社が協賛する小・中学生向けの「金融教育キャンプ」に参加してきました。2泊3日で開催されたキャンプでは、前半で金融についてひと通り学んだあと、最終日には「自分や周り、社会の困りごとはなにか」という視点から自ら事業を考え、発表するというプログラムがありました。参加した子供たちは、いくぶん緊張気味のなか、一所懸命に考えた事業アイデアを披露していました。たとえば、国民が健康に暮らすための保険会社を考えた小学2年生、自由に出歩くことができない高齢者などの買い物をサポートする事業を考えた小学4年生、子供の発想力を高めるための場をつくる事業を考えた小学6年生……。筆者はその豊かな創造力とたくましさに感心しました。しかし、それと同時に、「子供たちのなかには、主体的に行動できる態度や生きる力はすでに備わっており、それを大人が教えるというのは、おこがましいのではないか。むしろ、その潜在的な力を“発揮させる場”が必要ではないか」と思ったのです。また、こうした子供達に、“表面的”な金融の知識を教えることは必要ない、とも感じました。そこで検討に値すると考えるのが、「高校にある『普通科』といった曖昧な学科をやめ、たとえば「起業科」などといった、目的を明確にした学科を設置する」という案です。大学受験を目的とした進学クラスを設置している高校はよく見かけますが、それと同じように、起業家を目指す起業科クラスをつくってはどうでしょうか。そこで、金融にとどまらず、経済の仕組みや会社経営に必要な知識を学び、社会課題やそれを解決する事業アイデアを創出し、その事業を実現するために必要な語学やITなどのスキルを自ら選択して学ぶのです。実際に会社を設立したり、学生起業家が集う海外の高校に留学したりできる仕組みをつくることもよいでしょう。この構想は、筆者の知人である山本敏行氏(Chatwork株式会社の創業者)が、起業家と投資家の育成支援に取り組むなかで提唱されているものですが、筆者もこの意見に賛成です。時間はかかると思いますが、新NISA制度と、人の自立心や好奇心などを喚起する真の金融教育とが上手くかみ合って、個人の資産形成のみならず、日本の社会・経済の発展につながることを願っています。そこに、新NISA制度の究極の目的があるのではないでしょうか。

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鎌田 恭幸

鎌倉投信株式会社

代表取締役社長

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幻冬舎ゴールドオンライン / 2023年3月3日 9時15分