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2025年12月23日火曜日

福中一家跡地<住吉会

 福中一家二代目は大阪府大阪市北区中津3-3-34に本部を置いた暴力団で、指定暴力団・住吉会の二次団体。旧・福中総業、福寿会。


○系譜 

初代-福中久雄(住吉会最高顧問)

二代目-吉田鷹男


○組織図 

組長-吉田鷹男(住吉会常任相談役)


詳しいことは不明であるが昭和36年頃から存在するようである。昭和50年代には既に存在していることは住宅地図で確認した。この住所にいくつかフリント企業が存在している(かつて存在していた分も含めるともう少しあるかもしれない)。ただ、2021年11月13日に現場を確認したが、古い3階建てのビルは存在しているが、監視カメラ等はなく人の出入りも確認できず、実質的に活動実態があるのかどうかは不明である(解散したのか別の住所に移転したのかは不明である)。グーグルマップを見ると2024年8月には既に建物が取り壊されている。2023年9月6日にフロント企業が解散しているため、その時に解散又は移転したものと思われる。実際解散なのか移転なのかは不明です。2025年12月23日に現場を見に行ってみるとビル(4階から6階が居住用マンションで1階から3階がテナントが入居するビル)で1階にローソンが入居するようで開店準備中でした。

2025年11月5日水曜日

禎心実業跡地<宅見組

 二代目禎心実業は大阪府大阪市東住吉区矢田4-11-23に本部を置いた暴力団で、指定暴力団・神戸山口組の三次団体。上部団体は二代目宅見組。旧・中澤連合。

○略歴 

2018年1月8日、組員の高橋順也、柿崎正船、高橋広志、石岡和久の4名が六代目山口組・三代目弘道会・十代目稲葉地一家へ移籍。

○系譜 

初代-中澤貢(二代目宅見組舎弟頭補佐)

二代目-高橋順也-絶縁

○二代目禎心実業組織図 

代表-松戸和美(二代目宅見組幹事)



詳しい事情は不明であるが「グーグルマップストリートビューで見ると2018年10月頃の地図には森嶋という表札がある(2016年7月の時には中澤という表札があるので中澤貢初代組長の名前と一致する)」「ツイッターの情報によると松戸和美という人物は2018年8月24日に死亡しているらしい(ネットでこの人物に関する情報が余出てこないことから考えて事件や事故のような犯罪絡みの死亡ではないようである)」「株式会社アイレットコーポレーションという宅見組のフロント企業が令和3年6月16日に大阪府大阪市中央区千日前1丁目8番23号から大阪府大阪市東住吉区矢田4丁目11番23号 (この組の住所と同住所)に移転してきている」「ユーチューブ上の情報やグーグルマップストリートビュー上では公安委員会のステッカー等が貼られていないことから実質的に活動していないように思われる(松戸和美という人物が2018年8月24日に死亡してから実質的に活動していないものと思われる)」ということが分かる。2018年8月に松戸和美という人物が死亡してから活動実態はほとんどなかったが、宅見組の関連施設のように密かに管理されていたが、令和3年6月16日に株式会社アイレットコーポレーションという宅見組のフロント企業が移転してきたようである。株式会社アイレットコーポレーションが移転してきた理由は大阪府大阪市中央区千日前1丁目8番23号の土地がHRストーン株式会社に令和5年4月14日に売却され、建物が取り壊されたからという理由です。


2025年3月18日火曜日

東生会跡地<神戸山口組

 二代目東生会は大阪市淀川区三津屋北1-31-3に本部を置いた暴力団で、指定暴力団・神戸山口組の元二次団体。2023年5月1日に解散した。

〇略歴

1984年頃、初代の東義生(一和会組織委員長・北山組舎弟)が、北山組解散後に宅見組へ移籍。

1997年、宅見若頭射殺事件以降は「初代宅見組系」として活動。この後宅見組の二代目は入江禎が継承した。

1998年、入江禎の二代目継承に反目した組長代行・天野洋志穂(天野組組長)、舎弟頭・東義生(東生会会長)、舎弟頭補佐・植木紀雄(一誠会会長)らが天野組を結成。東義生は天野組組長代行に就任。

2005年、東義生の天野組最高顧問就任に伴い、須ノ内祥吾が東生会の二代目を継承。

2008年、天野組組長・天野洋志穂が山口組から除籍され引退。天野組も解散。

天野組の地盤を引き継ぐ形で、山口組の二次団体に昇格。

2015年8月27日、井上邦雄ら六代目山口組の幹部13名が、山口組を離脱し神戸山口組を結成。この当日、六代目山口組から謹慎処分を受ける。

同年9月7日、山口組から除籍される。

神戸山口組に加入。

2023年5月1日付で、須ノ内祥吾が大阪府警に自身の引退届と東生会の解散届を提出。東生会は解散した。

〇東生会系譜

初代-東義生(宅見組舎弟頭)

二代目-須ノ内祥吾

〇二代目東生会組織図

会長-須ノ内祥吾(神戸山口組舎弟)

若頭-梅宮康行(二代目須ノ内組組長)

舎弟頭-高山俊冶(高山組組長)


2025年2月15日土曜日

柳川組<山口組

 二代目柳川組は大阪府大阪市北区堂山に本部を置いた愚連隊系暴力団で、三代目山口組の二次団体。

〇略歴

1958年、柳川次郎が柳川組を結成。

1959年、柳川次郎が三代目山口組若頭・地道行雄の舎弟となり山口組傘下となる。“殺しの軍団”と呼ばれ、組長・柳川次郎以下、在日朝鮮人が多く所属していたことでも知られる。全盛期には傘下73団体・組員1700名(準構成員含むと約2800名)を抱え、全国1道2府10県に進出。山口組の勢力拡大に貢献した。三代目山口組時代に二次団体でありながら広域暴力団に指定された唯一の組織。1964年、谷川康太郎が二代目を継承。1969年4月1日、大阪府警により柳川次郎は名古屋刑務所から大阪の田辺警察署に移送された。ここで第一次頂上作戦の対象とされ、厳しい追及により田辺署は柳川次郎の口から柳川組の解散を引き出した。同年4月8日、柳川次郎は二代目柳川組組長・谷川康太郎を大阪刑務所で説得し三代目山口組組長・田岡一雄に無断で解散を宣言(なお「解散声明書」及び柳川次郎が署名した「解散同意書」は1969年4月9日付となっている)。同年8月1日、田岡一雄は柳川次郎、谷川康太郎を本家に無断で組を解散したと云う理由で絶縁処分とした。

〇柳川組系譜

初代-柳川次郎こと梁元錫

二代目-谷川康太郎こと康東華

〇二代目柳川組組織図

組長-谷川康太郎(三代目山口組若中)

〇主な出身者

石田章六(石田組組長)-後の章友会会長・六代目山口組顧問

野澤儀太郎(野澤組組長)-後に一会会長・五代目山口組舎弟

金田三俊(金田組組長)-後に四代目山口組舎弟

藤原定太郎(藤原組組長)-後に藤原会会長・三代目山口組若中

木村忠雄-後に藤原会最高幹部、藤和会会長・五代目山口組若中

倉本広文-後に倉本組組長、宅見組副組長、五代目山口組若頭補佐

前田和男-後に前田組組長、黒澤組副組長、黒誠会会長・五代目山口組若頭補佐

小山十四郎(和歌山支部長・小山組組長)-後に一会副会長・五代目山口組若中

福島三郎(北陸支部長・福島組組長)-後に一会幹部、四代目山口組若中

紺谷久雄(紺谷組組長)-後に一会幹部、四代目山口組若中

石間春夫(北海道支部二代目支部長)-後に北誠会会長・初代誠友会総長・五代目山口組舎弟

田村武志(北海道支部)-後に二代目北海道誠友会会長、二代目誠友会会長・五代目山口組若中

福島末博-後に勝龍会会長、宅見組舎弟頭補佐・六代目山口組幹部

2024年12月27日金曜日

2024年4月8日月曜日

三誠会跡地<倉本組<六代目山口組

 三誠会系譜

初代:中西三郎

二代目:河内敏之

この河内敏之は自殺して話題になっています。

大阪府大阪市浪速区桜川1丁目2-18サンロール湊町(201と202号室だったようです)


いつ頃にこの組ができたのか不明ですがこんな記事が出ていたので付け加えておきます。

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死亡男性は除籍組長、拳銃自殺か組分裂で組織運営に悩む?

大阪市浪速区桜川のマンションにある暴力団事務所で26日午後に見つかった拳銃で撃たれたとみられる男性について、大阪府警浪速署は同日、搬送先の病院で死亡が確認されたと発表した。同署によると、男性は指定暴力団山口組直系倉本組(本部・奈良市)の川地敏之組長(52)=奈良市大宮町=とみられ、自殺の可能性が高いとみて調べている。同署によると、川地組長とみられる男性は寝室で寝間着姿で倒れていたといい、マンションを訪ねてきた元組員の男性(49)が発見した。胸に銃創のような傷が1カ所あり、そばには回転式の拳銃が落ちていたが、争った形跡はなかったという。捜査関係者によると、川地組長は今月中旬、山口組から除籍処分を受けていたといい、病気療養中だった。山口組の分裂をめぐり倉本組では、山口組に残る勢力と離脱した神戸山口組側へ移籍しようとする勢力の両方があるなど、組織運営でトラブルを抱えていたとみられる。

2015/10/27 07:38 産経WEST

揺れる山口組 直系組長が拳銃自殺 上と下の板挟みで精神的に追い詰められ…

国内最大の指定暴力団山口組(総本部・神戸市灘区)の直系団体である倉本組(本部・奈良市)の川地(通称・河内)敏之組長(52)が26日、大阪市浪速区の傘下組事務所で死亡しているのが見つかった。拳銃自殺とみられる。倉本組は8月末の山口組分裂が表面化して以降、残留派と神戸山口組移籍派に割れており、山口組は今月中旬、川地組長の監督責任を問い、除籍処分にしていた。山口組の分裂から2カ月。川地組長の自殺は組織分裂で揺れ動く山口組の実態を浮き彫りにしている。大阪府警によると、川地組長は26日午後0時20分ごろ、大阪市浪速区にある傘下組事務所の和室に敷かれた布団の上であおむけに倒れているのを、訪ねてきた元男性組員(49)に発見された。病院に運ばれたが、胸に銃創があり、死亡が確認された。グレーのスエット姿で右手近くには回転式の拳銃が落ちており、ほかに目立った外傷はなかった。川地組長は今月初旬~中旬に内臓疾患のため入院。その後は事務所に寝泊まりし、元組員が日中は身の回りの世話のため通っていたという。遺書などは見つかっていないが、状況などから大阪府警は拳銃自殺の可能性が高いとみて調べている。川地組長は8月末の山口組の分裂が表面化していて以降、窮地に立たされていた。奈良県警の捜査関係者によると、倉本組は山口組の直系団体で、大阪府や和歌山県、三重県などにも傘下組織を持つ。川地組長は2010年、ナンバー2の「若頭」から3代目組長に就任。山口組の分裂以降は神戸市灘区の総本部で直系組長らを集めて毎月開かれている定例会には出席せず、若頭を代理出席させるなどしていたという。倉本組はピーク時には約2000人の組員を抱えていたが、取り締まり強化や暴力団排除条例の浸透などで約200人まで激減。総本部に納める毎月約100万円の会費や、雑貨購入費などの支払いに困窮していたとされる。高額の山口組の会費を批判している神戸山口組側は直系組長の毎月の会費は30万~10万円に抑えており、倉本組内では山口組に残留するか、神戸山口組に移籍するか、意見が分かれていたといい、こうした情勢を山口組執行部が察知。川地組長の監督責任を問い、除籍処分にしたという。捜査関係者は川地組長について「上からはたたかれ、下からは突き上げられ、板挟みになっていた。最近は精神的に追い詰められて酒浸りになっていたようだ」と指摘。今後の倉本組については「傘下組織の一部は倉本組の初代組長と縁がある神戸山口組の直系団体に移籍する方向で、残りは山口組の直系団体に吸収される」と分析している。山口組の分裂から2カ月。山口組の直系団体の中には倉本組と同様の問題を抱えている組織がまだあるといい、警察当局は動向を注視している。

2015.10.27

大阪府大阪市浪速区桜川一丁目2-18サンロール湊町201らしい。過去の住宅地図を調べてみると2001年から2008年までの間201号室と202号室に「河内」と言う表札が出ていた様子です。組事務所として利用されていたのか個人の住宅として利用されていたのかは不明です(この新聞記事の文章からすれば表札は個人名で出していたが組事務所として利用していたようです)。


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2023年11月16日木曜日

死亡男性は除籍組長、拳銃自殺か組分裂で組織運営に悩む?

 大阪市浪速区桜川のマンションにある暴力団事務所で26日午後に見つかった拳銃で撃たれたとみられる男性について、大阪府警浪速署は同日、搬送先の病院で死亡が確認されたと発表した。同署によると、男性は指定暴力団山口組直系倉本組(本部・奈良市)の川地敏之組長(52)=奈良市大宮町=とみられ、自殺の可能性が高いとみて調べている。同署によると、川地組長とみられる男性は寝室で寝間着姿で倒れていたといい、マンションを訪ねてきた元組員の男性(49)が発見した。胸に銃創のような傷が1カ所あり、そばには回転式の拳銃が落ちていたが、争った形跡はなかったという。捜査関係者によると、川地組長は今月中旬、山口組から除籍処分を受けていたといい、病気療養中だった。山口組の分裂をめぐり倉本組では、山口組に残る勢力と離脱した神戸山口組側へ移籍しようとする勢力の両方があるなど、組織運営でトラブルを抱えていたとみられる。

2015/10/27 07:38 産経WEST

揺れる山口組 直系組長が拳銃自殺 上と下の板挟みで精神的に追い詰められ…

国内最大の指定暴力団山口組(総本部・神戸市灘区)の直系団体である倉本組(本部・奈良市)の川地(通称・河内)敏之組長(52)が26日、大阪市浪速区の傘下組事務所で死亡しているのが見つかった。拳銃自殺とみられる。倉本組は8月末の山口組分裂が表面化して以降、残留派と神戸山口組移籍派に割れており、山口組は今月中旬、川地組長の監督責任を問い、除籍処分にしていた。山口組の分裂から2カ月。川地組長の自殺は組織分裂で揺れ動く山口組の実態を浮き彫りにしている。大阪府警によると、川地組長は26日午後0時20分ごろ、大阪市浪速区にある傘下組事務所の和室に敷かれた布団の上であおむけに倒れているのを、訪ねてきた元男性組員(49)に発見された。病院に運ばれたが、胸に銃創があり、死亡が確認された。グレーのスエット姿で右手近くには回転式の拳銃が落ちており、ほかに目立った外傷はなかった。川地組長は今月初旬~中旬に内臓疾患のため入院。その後は事務所に寝泊まりし、元組員が日中は身の回りの世話のため通っていたという。遺書などは見つかっていないが、状況などから大阪府警は拳銃自殺の可能性が高いとみて調べている。川地組長は8月末の山口組の分裂が表面化していて以降、窮地に立たされていた。奈良県警の捜査関係者によると、倉本組は山口組の直系団体で、大阪府や和歌山県、三重県などにも傘下組織を持つ。川地組長は2010年、ナンバー2の「若頭」から3代目組長に就任。山口組の分裂以降は神戸市灘区の総本部で直系組長らを集めて毎月開かれている定例会には出席せず、若頭を代理出席させるなどしていたという。倉本組はピーク時には約2000人の組員を抱えていたが、取り締まり強化や暴力団排除条例の浸透などで約200人まで激減。総本部に納める毎月約100万円の会費や、雑貨購入費などの支払いに困窮していたとされる。高額の山口組の会費を批判している神戸山口組側は直系組長の毎月の会費は30万~10万円に抑えており、倉本組内では山口組に残留するか、神戸山口組に移籍するか、意見が分かれていたといい、こうした情勢を山口組執行部が察知。川地組長の監督責任を問い、除籍処分にしたという。捜査関係者は川地組長について「上からはたたかれ、下からは突き上げられ、板挟みになっていた。最近は精神的に追い詰められて酒浸りになっていたようだ」と指摘。今後の倉本組については「傘下組織の一部は倉本組の初代組長と縁がある神戸山口組の直系団体に移籍する方向で、残りは山口組の直系団体に吸収される」と分析している。山口組の分裂から2カ月。山口組の直系団体の中には倉本組と同様の問題を抱えている組織がまだあるといい、警察当局は動向を注視している。

2015.10.27


大阪府大阪市浪速区桜川一丁目2-18サンロール湊町201らしい。

過去の住宅地図を調べてみると2001年から2008年までの間201号室と202号室に「河内」と言う表札が出ていた様子です。組事務所として利用されていたのか個人の住宅として利用されていたのかは不明です(この新聞記事の文章からすれば表札は個人名で出していたが組事務所として利用していたようです)。


〇河内敏之とは

河内敏之(本名:川地敏之 1963年3月4日-2015年10月26日)は日本のヤクザ。元・指定暴力団・六代目山口組若中、三代目倉本組組長。

1982年、倉本組・三誠会に加入する。

2010年、六代目山口組若中。

2011年、組長付に就任する。

2015年10月、分裂騒動で六代目山口組か神戸山口組かの選択を追求された。

初代倉本組組長・倉本広文は、柳川組出身で初代宅見組副組長を務めた後に四代目山口組若中になった経緯もあり、二代目宅見組への恩もあり態度を保留した。

同月20日、六代目山口組は河内敏之を「裏切者」と恫喝し、除籍。

同月26日、河内敏之は寝室で、寝間着姿のまま布団の上で心臓めがけ自ら拳銃の引き金を引き自殺した。河内敏之は病院に運ばれたが、すでに心肺停止状態だった。右手近くにリボルバーの拳銃が落ちていて、争った形跡はなかった。


2023年10月6日金曜日

ホテルワンラブであった風俗店勤務の女性死亡事件

 平成28年5月7日午後3時5分頃、大阪市天王寺区生玉町のホテルの一室で、「女性が動かない」とホテルの従業員から119番があった。天王寺署などによると、女性は裸の状態で倒れ、すでに死亡していた。目立った外傷はなかった、所持品には数枚の診察券があった。女性は40代の風俗店従業員とみられる。男性客と一緒に入室したといい、同署は死因を調べるとともに、現場から立ち去った男性客の行方を追っている。同署によると、2人は同日午後1時頃に入室したが、女性の勤務する風俗店に午後3時頃、男性客から「女性が倒れた」と連絡があった。風俗店関係者がホテルへ急行したところ、部屋で女性が倒れているのを見つけたが、すでに男性客の姿はなかったという。天王寺区のホテルで女性の遺体が見つかった事件で、死亡したのは、風俗店勤務の女性(47)=大阪府富田林市=と判明した。警察は女性と一緒に入室した男性客の行方を追っている。


大阪府大阪市天王寺区生玉町2-30(旧ホテルワンラブ)

このラブホテル「ホテルワンラブ」は2021年10月までは営業しているようだが2022年5月には取り壊し工事が始まっている。マンションになるという話があるようです。


2023年5月19日金曜日

九紋龍組<吉川組<六代目山口組

 五代目九紋龍組は大阪府大阪市淀川区西宮原2-6-16新大阪コーポビアネーズ810に本部を置く暴力団で、指定暴力団・六代目山口組の三次団体。上部団体は四代目吉川組。

〇略歴

伝安一家十人衆・吉山作之助系の吉山組組長・吉山楢太郎から九紋龍昇之助が独立。九紋龍昇之助実弟の木本甚助が二代目を継承。木本甚助実子の木本太郎が三代目を継承。

〇九紋龍組系譜

祖-吉山猶太郎

初代-九紋龍昇之助こと木本末太郎

二代目-木本甚助(木本甚之助)

三代目-木本太郎

四代目-八阪政文

五代目-森龍明

〇五代目九紋龍組組織図

組長-森龍明(四代目吉川組若頭)


かつてこのビルに吉川組の本部がテナントとして入居していらそうです。ネット上の情報によると吉川組の本部も8階に入居していたらしい。ただし、同じ部屋に入居していたのかどうかは不明である。


砂子会跡地<山健組<神戸山口組

 元指定暴力団神戸山口組の三次団体で、上部団体は山健組。2016年1月、砂子宣優会長の引退に伴い解散。組員は二代目宮田興業に移籍

◆砂子会組織図

会長:砂子宜優(四代目山健組舎弟)

所在地:大阪府大阪市北区天神橋1-14-17


2023年4月25日火曜日

勝心連合跡地<野内組<弘道会<六代目山口組

 三代目勝心連合は大阪府大阪市中央区難波2-3-3に本部を置く暴力団で、指定暴力団・六代目山口組の四次団体。上部団体は野内組。

○略歴 

2022年1月、三代目勝心連合は神戸山口組・二代目宅見組の中核組織であったが、二代目宅見組幹部・今津幸治郎が勝心連合を率いて宅見組を脱退。同年2月1日、六代目山口組・三代目弘道会・野内組に移籍。2022年9月頃に事務所に公安委員会のステッカーがはがされているといううわさが流れていた(2022年8月まではステッカーが貼られていることがグーグルマップで確認できる)。2023年3月18日に確認するために見に行ってみると公安委員会のステッカーがはがされていた。移転したのか解散したのかは不明です。


○系譜 

初代-入江 禎

二代目-今村仁志

三代目-今津幸治郎


○組織図 

組長-今津幸治郎(野内組舎弟)

宅見組跡地

 二代目宅見組は大阪市を本拠とし大阪府豊中市緑丘4-31-1に本家を置く暴力団。

〇概要

旧本部は大阪市中央区千日前1-8-23(売却済・解体予定)

〇略歴

・初代

1963年、宅見勝が福井組に加入。

1970年、宅見組が結成され、宅見勝が福井組若頭に就任。

1978年、三代目山口組の二次団体に昇格。

1983年7月、宅見勝が三代目山口組若頭補佐に就任。

1989年5月10日、宅見勝が五代目山口組若頭に就任。

1997年8月28日、新神戸オリエンタルホテル4Fの喫茶店で、宅見勝が中野会傘下組員に銃撃され搬送先の神戸市立中央病院で死去。

・二代目

1997年12月、若頭の入江禎(勝心連合組長)が宅見組の二代目を継承し、五代目山口組若中に昇格。

2005年6月、入江禎が五代目山口組若頭補佐に就任。

同年8月、入江禎が六代目山口組総本部長に就任。

2013年10月、入江禎が六代目山口組舎弟頭に就任。

2015年8月26日、六代目山口組を脱退。

同月27日、神戸山口組が結成されると、入江禎は副組長に就任。

2022年5月8日、豊中市の本家に三代目弘道会傘下組員が車で特攻。

同年9月9日、入江禎の尽力により、池田組と神戸山口組が五分の親戚団体となる。これにより、実質的に池田組と親戚関係にある絆會、神戸山口組の3派連合体が結成された。

同月21日、入江禎が神戸山口組を脱退した為、二代目宅見組は独立組織となり、前述の連合体も解消された。

同年10月5日付で神戸山口組は入江を除籍した。

2023年3月23日、神戸山口組の中核組織であった二代目宅見組が2022年10月に神戸山口組を離脱した事について、偽装の可能性も視野に入れ実態調査をしていた大阪府警は、離脱が事実と確認できたとして入江禎の自宅がある大阪府豊中市を特定抗争に係る「警戒区域」から除外することを決定した。

同年4月14日、2021年以降、使用を差し止められていた大阪市中央区千日前の本部事務所を、大阪市内の民間企業が約3.3億円で買取り、建物は解体される予定。

〇宅見組系譜

初代-宅見 勝(五代目山口組若頭)

二代目-入江 禎

〇二代目宅見組組織図

組長-入江 禎

若頭-森島 厚(厚和会会長)

舎弟頭-酒井冨士男(酒井興業組長)- 勾留中

統括委員長-須藤基之(須藤会会長)

副本部長-渡邊 誠(三代目石川一家総長)

若頭補佐-本田義博(二代目剛竜会会長)

幹事-阿部辰雄(三代目石川一家若頭)

幹事-土江 剛(酒井興業副組長)


〇宅見組事務所売却のニュース

ミナミの「宅見組」事務所、民間企業に3億3000万円で売却…神戸山口組から離脱

特定抗争指定暴力団「神戸山口組」(神戸市)から離脱した「宅見組」の大阪・ミナミの事務所が民間企業に売却されたことが捜査関係者への取材でわかった。近く解体される見通し。捜査関係者によると、大阪市内の民間企業が事務所の土地と建物を計3億3000万円で買い取ることで今月14日に契約が成立した。事務所を巡っては、大阪地裁が2021年に使用を差し止める仮処分を決定し、組員の立ち入りが禁じられていた。

読売新聞2023/4/18(火) 10:38配信


【独自】大阪・ミナミ 暴力団「宅見組」本部事務所を解体へ 民間企業が建物を3億円あまりで購入

大阪・ミナミを拠点とする暴力団「宅見組」の本部事務所が売却され、近く解体されることが分かりました。大阪市中央区にある暴力団「宅見組」の本部事務所は、大阪府暴力追放推進センターが起こした裁判で、2021年以降、使用を差し止められていました。捜査関係者によりますと、先週、民間企業が建物を3億円あまりで買い取り、宅見組が退去したことが分かりました。建物が残ることで、抗争事件に巻き込まれる可能性もあることから、近く、建物を解体する方針だということです。宅見組は特定抗争指定暴力団「神戸山口組」の主要組織でしたが、すでに離脱したことが確認され、4月、組長の自宅がある豊中市も「警戒区域」の指定を解除されています。


読売テレビ2023/4/17(月) 12:05配信


「誰がこの土地を購入するのか」「この土地をどのように利用するのか」ということが気になりますね。

2023年4月18日火曜日

宅見組事務所売却のニュース

 ミナミの「宅見組」事務所、民間企業に3億3000万円で売却…神戸山口組から離脱

特定抗争指定暴力団「神戸山口組」(神戸市)から離脱した「宅見組」の大阪・ミナミの事務所が民間企業に売却されたことが捜査関係者への取材でわかった。近く解体される見通し。捜査関係者によると、大阪市内の民間企業が事務所の土地と建物を計3億3000万円で買い取ることで今月14日に契約が成立した。事務所を巡っては、大阪地裁が2021年に使用を差し止める仮処分を決定し、組員の立ち入りが禁じられていた。

読売新聞2023/4/18(火) 10:38配信


【独自】大阪・ミナミ 暴力団「宅見組」本部事務所を解体へ 民間企業が建物を3億円あまりで購入

大阪・ミナミを拠点とする暴力団「宅見組」の本部事務所が売却され、近く解体されることが分かりました。大阪市中央区にある暴力団「宅見組」の本部事務所は、大阪府暴力追放推進センターが起こした裁判で、2021年以降、使用を差し止められていました。捜査関係者によりますと、先週、民間企業が建物を3億円あまりで買い取り、宅見組が退去したことが分かりました。建物が残ることで、抗争事件に巻き込まれる可能性もあることから、近く、建物を解体する方針だということです。宅見組は特定抗争指定暴力団「神戸山口組」の主要組織でしたが、すでに離脱したことが確認され、4月、組長の自宅がある豊中市も「警戒区域」の指定を解除されています。


読売テレビ2023/4/17(月) 12:05配信


2022年12月18日日曜日

大原組<6代目山口組

 二代目大原組は大阪府大阪市東成区東小橋3-2-26(二代目誠心連合本部)に本部を置く暴力団で、指定暴力団・六代目山口組の二次団体。旧本部は大阪府大阪市生野区田島1-9-30(解体済)。

〇略歴

1989年12月、初代・大原宏延は、二代目北岡会会長・前田英明、正木組組長・正木年男、二代目川内組組長・根本辰男、細川組組長・細川幹雄、浅川会会長・浅川桂次、中村組組長・中村伍、大門会会長・大関大会長らと共に、五代目山口組組長・渡辺芳則から盃を受け、五代目山口組直参に昇格。

2021年6月までに、大原組の本部事務所は解体された。

系譜

初代-大原宏延(六代目山口組総本部長)

二代目-金田芳次


〇組織図

組長-金田芳次(六代目山口組若中)

若頭-池田勇次(二代目誠心連合会長)

舎弟頭-八角博行(二代目鈴雅組組長)

本部長-叶 将之(二代目叶組組長)

顧問-岩谷日新

相談役-本郷清郎

舎弟頭補佐-那和静雄(那和興業組長)

若中-梶渉

現事務所



旧事務所


この辺です。

この白い車の向う側です。

誠心連合<大原組<6代目山口組

 二代目誠心連合は大阪府大阪市東成区東小橋3-2-26に本部を置く暴力団で、指定暴力団・六代目山口組の三次団体。上部団体は二代目大原組。


〇系譜

初代-金田芳次(二代目大原組組長)

二代目-池田勇次

〇二代目誠心連合組織図

会長

池田勇次(二代目大原組若頭)



太田興業(連絡所)跡地<神戸山口組と綾誠会跡地<太田興業<神戸山口組

 ◎太田興業

太田興業は大阪府大阪市浪速区下寺3-6-6(旧住所は大阪市生野区林寺3-14-24)に本部を置いた暴力団で、元指定暴力団・神戸山口組の二次団体。2019年12月12日解散。

〇略歴

1964年、太田守正により太田興業が結成され、山健組・健竜会に参画する。暫くすると山健組の二次団体に昇格。2005年4月、組織名が太田興業から太田会に改称され、同時に五代目山口組の二次団体に昇格。2008年9月、組織名が再度変更され、太田会から太田興業に戻る。同年10月、太田が六代目山口組から除籍処分を受け太田興業は解散する。地盤は秋良連合会が引き継ぐ。2015年12月1日、引退していた太田守正が渡世に復帰し、神戸山口組・四代目山健組に相談役として参画。2016年1月16日、太田興業が再結成され、神戸山口組の二次団体に昇格。神戸山口組から分裂した絆會と親戚団体になるが絆會と神戸山口組の関係はそのまま。2019年12月13日、太田守正が大阪府警に太田興業の解散届と自身の引退届を提出する。神戸山口組からは破門処分を受けるが、その日付は前日の12月12日であり太田興業の解散もこれに準ずると推定される。

〇太田興業組織図

・組長

太田守正(神戸山口組舎弟頭補佐)

・執行部

若頭-綾川三智雄(守道会会長)

顧問-谷 和彦

顧問-岡川賢二(岡川総業組長)

本部長-金岡幸成(金岡総業組長)

若頭代行-北野利樹(平成塾塾長)

組織委員長-紅野直人(紅野組組長)

渉外委員長-杉本博(二代目三坂組組長)

若頭補佐-堀和弘(綾心興業組長)

若頭補佐-新井龍吉(新井興業組長)

若頭補佐-川口亮(二代目綾誠会会長)

若頭補佐-神山一幸(綾道会会長)

若頭補佐・中四国責任者-中平哲也(中平組組長)

若頭補佐・関東責任者-山口尚人(二代目谷興業組長)

・幹部

石橋拓也(守成会会長)

組長秘書-杉山明

事務局長-山田謙誠(山田組組長)

早見竜志

・若中

筆頭-家田紘幸

早美竜志(志竜会会長)

浜本英夫

平井保

江城明

坂本道俊

・幹事

山下綾次

杉浦貞夫

杉本治

滝本征矢

山本実

日比野誠

立岡慶悟

安藤大士

佐々木権

上野広巳

柳田俊介


◎綾誠会

二代目綾誠会は大阪府大阪市浪速区下寺3-6-6に本部を置いた暴力団で、指定暴力団・神戸山口組の三次団体。上部団体は太田興業。

〇略歴

2016年、六代目山口組・秋良連合会から移籍。

〇系譜

初 代-綾川三智雄(太田興業若頭)

二代目-川口亮

〇二代目綾誠会組織図

会長-川口亮(太田興業若頭補佐)

〇執行部

会長代行-堀和弘(綾心興業会長)

若頭-山田謙誠(山田組組長)

舎弟頭-紅野直人(紅野組組長)

本部長-宮内博司(綾道会会長)

若頭補佐-黒田洋次

若頭補佐-宇野剛史


2015年12月18日に、指定暴力団六代目山口組系秋良連合会傘下綾誠会に車が突っ込む事件があった。対立抗争であると思われる。新聞によると「逮捕容疑は、2015年12月18日早朝、秋良連合会傘下綾誠会の事務所ビルに乗用車で突っ込み、入り口の金属製ドアやシャッターなどを壊した疑い。事件前日には、神戸山口組系組員がゴルフクラブなどで殴られ負傷する事件が発生。府警は凶器準備集合・同結集容疑で秋良連合会の組員ら20人以上を逮捕していた。建造物等損壊罪は、器物損壊罪と違い親告罪ではなく、損壊された物の本権者または適法な占有者の告訴がなくても成立する。」とのことである。


解散時の事務所


森田組跡地(山口組)

 森田組は大阪市天王寺区上汐4-1-32に本部を置いた暴力団。元指定暴力団・六代目山口組の二次団体。2007年6月解散。

○略歴

森田昌夫は元・小田秀組本部長。

山口組の四代目継承問題で、小田秀組は一和会に参画予定であったが、小田秀組若頭・松山政雄(松山組組長)、舎弟頭代行・山田輝雄(山田組組長)、舎弟・盛政之助(盛政連合会組長)、本部長・森田昌夫(森田組組長)が、四代目山口組直参に昇格し、小田秀組は解散した。

2007年6月、組長・森田昌夫の引退により森田組は解散。

○組織図

組長-森田昌夫

若頭-山口正明(二代目松島組組長)-大阪

舍弟頭-橋本得也(橋本組組長)-大阪

本部長-西田 慎(西田会会長)-大阪

片岡靜雄(片岡組組長)



10代目酒梅組組長木下政秀組長の自宅

 ○木下政秀とは

木下政秀(本名・李正秀(イ・チョンス))は日本のヤクザ。指定暴力団・十代目酒梅組組長、木政組組長。

2018年、酒梅組九代目体制で若頭を務めていた木下政秀が十代目組長を継承-2020年1月27日、総裁・吉村光男は、2億円の融資を受けながらその後会社の倒産により返済を免れた不動産会社社長を殴って怪我をさせたとして、大阪府警に傷害と恐喝未遂の疑いで逮捕された。

2020年2月28日、大阪府警は総裁・吉村光男が、同じ不動産会社社長に金を返すように迫り、1500万円を脅し取ったとして再逮捕した。

共犯として神戸山口組・山健組若頭補佐・藤岡宏文も逮捕された。

2020年12月2日、大阪地裁の公判で懲役7年が求刑された。

2021年1月28日、大阪地裁で吉村光男は懲役3年の実刑判決を、藤岡宏文は懲役2年6か月・執行猶予5年の判決を受けた。

2021年4月26日、継承式が執り行われ、総裁・吉村光男は引退。

自宅住所:大阪府大阪市生野区桃谷1-5-24



見た目普通の住宅にしか見えませんけど。


酒梅組2022最新組織図

 十代目酒梅組は大阪府大阪市西成区太子1-3-17に本部を置く指定暴力団。

○主な施設 

本部-大阪府大阪市西成区太子1-3-17

旧本部-大阪府大阪市中央区西心斎橋2-7-15

旧本部-大阪府大阪市中央区東心斎橋2-6-23

本家-大阪府大阪市生野区桃谷1-5-24

九代目本家-大阪府大阪市西成区山王2-6-7

八代目本家-大阪府泉南市新家1091

七代目本家-大阪府大阪市中央区西心斎橋2-7-15

六代目本家-大阪府東大阪市菱屋西4-10-23

五代目本家-兵庫県芦屋市山手町17-14

○略歴 

明治30年代、鳶梅吉が大阪南区一帯に結成。依頼金筋博徒として名を馳せた。五代目・谷口正雄の頃は全盛期で2000人以上の組員がいた。1993年5月26日、大阪府公安委員会から指定暴力団に指定。2013年、酒梅組八代目・南喜雅が病気療養のために引退。谷口正雄五代目の子飼いの若衆であり、自らは天龍会を率いて五代目体制では若頭補佐、八代目体制では舎弟頭を務めてきた吉村光男が九代目を継承。継承式には、六代目山口組若頭である髙山清司が後見人となっている。2015年、六代目山口組から神戸山口組が分裂。吉村光男は神戸山口組組長・井上邦雄と兄弟分であったことから、六代目山口組の後見を白紙とし、神戸山口組支持を表明した。2018年、酒梅組九代目体制で若頭を務めていた木下政秀が十代目組長を継承し、吉村光男九代目は総裁職に就いた。2020年1月27日、総裁・吉村光男は、2億円の融資を受けながらその後会社の倒産により返済を免れた不動産会社社長を殴って怪我をさせたとして、大阪府警に傷害と恐喝未遂の疑いで逮捕された。2020年2月28日、大阪府警は総裁・吉村光男が、同じ不動産会社社長に金を返すように迫り、1500万円を脅し取ったとして再逮捕した。共犯として神戸山口組・山健組若頭補佐・藤岡宏文も逮捕された。2020年12月2日、大阪地裁の公判で懲役7年が求刑された。2021年1月28日、大阪地裁で吉村光男は懲役3年の実刑判決を、藤岡宏文は懲役2年6か月・執行猶予5年の判決を受けた。2021年4月26日、継承式が執り行われ、総裁・吉村光男は引退。

○酒梅組系譜 

初代-鳶梅吉

二代目-田中勇吉

三代目-松山庄次郎

四代目-中納幸男

五代目-谷口正雄(谷政組組長)

六代目-大山光次(三代目阪口組組長)

七代目-金山耕三朗(金山組組長)

八代目-南喜雅(三代目森下連合会長)

九代目-吉村光男 (天龍会会長)

十代目-木下政秀(木政組組長)

○酒梅組組織図 

・組長 

木下政秀

・執行部 

若頭-金石盛栄(金石會会長)

本部長-早川公祐(早川組組長)

事務局長-中田一成(八代目今西組組長)

若頭補佐-秋元天志

若頭補佐-池田貴紀(二代目天竜会?会長)

・幹部 

野山景年

組長秘書-児玉雄司

・若中 

森本忠士

花木祐紀

小野寺和彦(光和会会長)

石村慎


阪急東通商店街

 阪急東通商店街とは、大阪市北区の小松原町と堂山町と神山町に広がる商店街。東西に阪急東第一商店会、阪急東第二商店会、阪急東第三商店会、パークアベニュー堂山商店会、南北に阪急東中央商店街、阪急東中通商店街が交差し、全体で「阪急東通商店街」と称している。阪急東第一商店会、阪急東第二商店会、阪急東第三商店会は東西に繋がり、全長約450mの一本の商店街になっている。OS楽天地ビル前から新御堂筋までが第一、新御堂筋から阪急東中通商店街交差点までが第二、そこから綱敷天神社までが第三である。