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2024年4月30日火曜日

湊興業<弘道会<六代目山口組

 二代目湊興業は石川県金沢市に本部を置く暴力団で、指定暴力団・六代目山口組の三次団体。上部団体は三代目弘道会。

〇略歴

初代湊興業本部:兵庫県神戸市須磨区妙法寺口ノ川21-49。

湊学(本名余島学)は初代弘道会・北東興業若頭を経て弘道会若中に昇格。神戸市では唯一の弘道会直参組織。2023年4月22日午前11時ごろ、湊学は自ら店主を務める兵庫県神戸市長田区東尻池町9-1-24-101のラーメン店「龍の髭」(神戸市営地下鉄苅藻駅2出口から徒歩約0分)の厨房内で、何者かに拳銃で頭部を撃たれ殺害された。

同年、弘道会本部預かりとなっていた湊興業の二代目を副組長・小林重貴(小林茂樹)が継承し、三代目弘道会若中に昇格。

〇湊興業系譜

初代-湊 学(三代目弘道会若中)

二代目-小林重貴

〇二代目湊興業組織図

組長-小林重貴(三代目弘道会若中)


余談としていくつか情報を書かせてもらいます。

2016年3月20日にこの組の事務所(初代湊興業本部)が荒らされる事件があったそうです。

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山口組系事務所が荒らされる防犯カメラなど破壊

20日午前3時50分ごろ、神戸市須磨区妙法寺、指定暴力団山口組の傘下組織「湊興業」の事務所内が荒らされているのを、警戒中の警察官が見つけた。同組織は山口組組長の出身母体、弘道会系の団体。兵庫県警は山口組の分裂が背景にあるとみて、建造物侵入や器物損壊容疑で捜査している。須磨署によると、事務所は鉄筋コンクリート2階建て。南側の窓格子が外され、窓ガラスが割られていた。1階事務所の食器棚が倒され、室内に食器が散乱し、事務所外壁の防犯カメラ用のモニター4台が何らかの道具で突き壊されていた。同署によると、同日午前2時15分ごろ、警戒中の警察官が異常がないのを確認。同3時半前には事務所のドアが開き、室内の明かりが付いていたという。現場は山陽電鉄板宿駅の北約1・5キロの住宅街。19日未明には、神戸市中央区の暴力団神戸山口組傘下組織の事務所付近にダンプカーが突っ込む建造物損壊事件が起きている。

2016/3/20

https://www.kobe-np.co.jp/rentoku/yamaguchigumi/201603/0008919466.shtml

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ラーメン店店主(湊学(本名余島学)のこと)死亡の記事

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ラーメン店主死亡、防犯カメラに黒い服の若い男が走り去る姿…暴力団同士の抗争か

22日午前11時頃、神戸市長田区東尻池町のラーメン店「龍の髭」で、店主の男性が頭から血を流して倒れているのを女性従業員(65)が見つけ、119番した。兵庫県警によると、男性は特定抗争指定暴力団「山口組」(神戸市)傘下組織の 余嶋学組長(57)で、搬送先の病院で死亡した。余嶋組長の頭に銃弾のようなものが撃ち込まれているのが画像診断で確認され、県警は銃撃を受けて殺害されたとみて、同日、殺人容疑で長田署に捜査本部を設置した。暴力団同士の抗争の可能性があるという。発表では、女性従業員は余嶋組長から買い物を頼まれ、店に戻ると、余嶋組長が 厨房で倒れていたという。店内に客はいなかった。拳銃は見つかっていないという。捜査関係者によると、通報の約20分前、黒い服を着て帽子をかぶった若い男が店を訪れ、数分後に走り去る姿が付近の防犯カメラに映っていた。県警はこの人物が事情を知っている可能性があるとみて行方を捜している。現場は、神戸市営地下鉄 苅藻かるも 駅近くの商店や住宅が立ち並ぶ地域。

2023/04/23 05:00

https://www.yomiuri.co.jp/national/20230423-OYT1T50052/

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ラーメン店「龍の髭」のインスタグラム

https://www.instagram.com/ryuno.hige/

新聞等の情報によるとこのラーメン店に関しては店長が暴力団だったということを知らなかったという人が多いようである。このラーメン店のあるビルの4階に住んでいたという情報もある。エキテンという口コミサイト(https://www.ekiten.jp/shop_76247283/)でも結構いい評判だったようです。組長が死亡した時には実質的に組員のいない1人親方だったようです。


ラーメン店


事務所跡地


2024年4月8日月曜日

三誠会跡地<倉本組<六代目山口組

 三誠会系譜

初代:中西三郎

二代目:河内敏之

この河内敏之は自殺して話題になっています。

大阪府大阪市浪速区桜川1丁目2-18サンロール湊町(201と202号室だったようです)


いつ頃にこの組ができたのか不明ですがこんな記事が出ていたので付け加えておきます。

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死亡男性は除籍組長、拳銃自殺か組分裂で組織運営に悩む?

大阪市浪速区桜川のマンションにある暴力団事務所で26日午後に見つかった拳銃で撃たれたとみられる男性について、大阪府警浪速署は同日、搬送先の病院で死亡が確認されたと発表した。同署によると、男性は指定暴力団山口組直系倉本組(本部・奈良市)の川地敏之組長(52)=奈良市大宮町=とみられ、自殺の可能性が高いとみて調べている。同署によると、川地組長とみられる男性は寝室で寝間着姿で倒れていたといい、マンションを訪ねてきた元組員の男性(49)が発見した。胸に銃創のような傷が1カ所あり、そばには回転式の拳銃が落ちていたが、争った形跡はなかったという。捜査関係者によると、川地組長は今月中旬、山口組から除籍処分を受けていたといい、病気療養中だった。山口組の分裂をめぐり倉本組では、山口組に残る勢力と離脱した神戸山口組側へ移籍しようとする勢力の両方があるなど、組織運営でトラブルを抱えていたとみられる。

2015/10/27 07:38 産経WEST

揺れる山口組 直系組長が拳銃自殺 上と下の板挟みで精神的に追い詰められ…

国内最大の指定暴力団山口組(総本部・神戸市灘区)の直系団体である倉本組(本部・奈良市)の川地(通称・河内)敏之組長(52)が26日、大阪市浪速区の傘下組事務所で死亡しているのが見つかった。拳銃自殺とみられる。倉本組は8月末の山口組分裂が表面化して以降、残留派と神戸山口組移籍派に割れており、山口組は今月中旬、川地組長の監督責任を問い、除籍処分にしていた。山口組の分裂から2カ月。川地組長の自殺は組織分裂で揺れ動く山口組の実態を浮き彫りにしている。大阪府警によると、川地組長は26日午後0時20分ごろ、大阪市浪速区にある傘下組事務所の和室に敷かれた布団の上であおむけに倒れているのを、訪ねてきた元男性組員(49)に発見された。病院に運ばれたが、胸に銃創があり、死亡が確認された。グレーのスエット姿で右手近くには回転式の拳銃が落ちており、ほかに目立った外傷はなかった。川地組長は今月初旬~中旬に内臓疾患のため入院。その後は事務所に寝泊まりし、元組員が日中は身の回りの世話のため通っていたという。遺書などは見つかっていないが、状況などから大阪府警は拳銃自殺の可能性が高いとみて調べている。川地組長は8月末の山口組の分裂が表面化していて以降、窮地に立たされていた。奈良県警の捜査関係者によると、倉本組は山口組の直系団体で、大阪府や和歌山県、三重県などにも傘下組織を持つ。川地組長は2010年、ナンバー2の「若頭」から3代目組長に就任。山口組の分裂以降は神戸市灘区の総本部で直系組長らを集めて毎月開かれている定例会には出席せず、若頭を代理出席させるなどしていたという。倉本組はピーク時には約2000人の組員を抱えていたが、取り締まり強化や暴力団排除条例の浸透などで約200人まで激減。総本部に納める毎月約100万円の会費や、雑貨購入費などの支払いに困窮していたとされる。高額の山口組の会費を批判している神戸山口組側は直系組長の毎月の会費は30万~10万円に抑えており、倉本組内では山口組に残留するか、神戸山口組に移籍するか、意見が分かれていたといい、こうした情勢を山口組執行部が察知。川地組長の監督責任を問い、除籍処分にしたという。捜査関係者は川地組長について「上からはたたかれ、下からは突き上げられ、板挟みになっていた。最近は精神的に追い詰められて酒浸りになっていたようだ」と指摘。今後の倉本組については「傘下組織の一部は倉本組の初代組長と縁がある神戸山口組の直系団体に移籍する方向で、残りは山口組の直系団体に吸収される」と分析している。山口組の分裂から2カ月。山口組の直系団体の中には倉本組と同様の問題を抱えている組織がまだあるといい、警察当局は動向を注視している。

2015.10.27

大阪府大阪市浪速区桜川一丁目2-18サンロール湊町201らしい。過去の住宅地図を調べてみると2001年から2008年までの間201号室と202号室に「河内」と言う表札が出ていた様子です。組事務所として利用されていたのか個人の住宅として利用されていたのかは不明です(この新聞記事の文章からすれば表札は個人名で出していたが組事務所として利用していたようです)。


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2023年11月16日木曜日

死亡男性は除籍組長、拳銃自殺か組分裂で組織運営に悩む?

 大阪市浪速区桜川のマンションにある暴力団事務所で26日午後に見つかった拳銃で撃たれたとみられる男性について、大阪府警浪速署は同日、搬送先の病院で死亡が確認されたと発表した。同署によると、男性は指定暴力団山口組直系倉本組(本部・奈良市)の川地敏之組長(52)=奈良市大宮町=とみられ、自殺の可能性が高いとみて調べている。同署によると、川地組長とみられる男性は寝室で寝間着姿で倒れていたといい、マンションを訪ねてきた元組員の男性(49)が発見した。胸に銃創のような傷が1カ所あり、そばには回転式の拳銃が落ちていたが、争った形跡はなかったという。捜査関係者によると、川地組長は今月中旬、山口組から除籍処分を受けていたといい、病気療養中だった。山口組の分裂をめぐり倉本組では、山口組に残る勢力と離脱した神戸山口組側へ移籍しようとする勢力の両方があるなど、組織運営でトラブルを抱えていたとみられる。

2015/10/27 07:38 産経WEST

揺れる山口組 直系組長が拳銃自殺 上と下の板挟みで精神的に追い詰められ…

国内最大の指定暴力団山口組(総本部・神戸市灘区)の直系団体である倉本組(本部・奈良市)の川地(通称・河内)敏之組長(52)が26日、大阪市浪速区の傘下組事務所で死亡しているのが見つかった。拳銃自殺とみられる。倉本組は8月末の山口組分裂が表面化して以降、残留派と神戸山口組移籍派に割れており、山口組は今月中旬、川地組長の監督責任を問い、除籍処分にしていた。山口組の分裂から2カ月。川地組長の自殺は組織分裂で揺れ動く山口組の実態を浮き彫りにしている。大阪府警によると、川地組長は26日午後0時20分ごろ、大阪市浪速区にある傘下組事務所の和室に敷かれた布団の上であおむけに倒れているのを、訪ねてきた元男性組員(49)に発見された。病院に運ばれたが、胸に銃創があり、死亡が確認された。グレーのスエット姿で右手近くには回転式の拳銃が落ちており、ほかに目立った外傷はなかった。川地組長は今月初旬~中旬に内臓疾患のため入院。その後は事務所に寝泊まりし、元組員が日中は身の回りの世話のため通っていたという。遺書などは見つかっていないが、状況などから大阪府警は拳銃自殺の可能性が高いとみて調べている。川地組長は8月末の山口組の分裂が表面化していて以降、窮地に立たされていた。奈良県警の捜査関係者によると、倉本組は山口組の直系団体で、大阪府や和歌山県、三重県などにも傘下組織を持つ。川地組長は2010年、ナンバー2の「若頭」から3代目組長に就任。山口組の分裂以降は神戸市灘区の総本部で直系組長らを集めて毎月開かれている定例会には出席せず、若頭を代理出席させるなどしていたという。倉本組はピーク時には約2000人の組員を抱えていたが、取り締まり強化や暴力団排除条例の浸透などで約200人まで激減。総本部に納める毎月約100万円の会費や、雑貨購入費などの支払いに困窮していたとされる。高額の山口組の会費を批判している神戸山口組側は直系組長の毎月の会費は30万~10万円に抑えており、倉本組内では山口組に残留するか、神戸山口組に移籍するか、意見が分かれていたといい、こうした情勢を山口組執行部が察知。川地組長の監督責任を問い、除籍処分にしたという。捜査関係者は川地組長について「上からはたたかれ、下からは突き上げられ、板挟みになっていた。最近は精神的に追い詰められて酒浸りになっていたようだ」と指摘。今後の倉本組については「傘下組織の一部は倉本組の初代組長と縁がある神戸山口組の直系団体に移籍する方向で、残りは山口組の直系団体に吸収される」と分析している。山口組の分裂から2カ月。山口組の直系団体の中には倉本組と同様の問題を抱えている組織がまだあるといい、警察当局は動向を注視している。

2015.10.27


大阪府大阪市浪速区桜川一丁目2-18サンロール湊町201らしい。

過去の住宅地図を調べてみると2001年から2008年までの間201号室と202号室に「河内」と言う表札が出ていた様子です。組事務所として利用されていたのか個人の住宅として利用されていたのかは不明です(この新聞記事の文章からすれば表札は個人名で出していたが組事務所として利用していたようです)。


〇河内敏之とは

河内敏之(本名:川地敏之 1963年3月4日-2015年10月26日)は日本のヤクザ。元・指定暴力団・六代目山口組若中、三代目倉本組組長。

1982年、倉本組・三誠会に加入する。

2010年、六代目山口組若中。

2011年、組長付に就任する。

2015年10月、分裂騒動で六代目山口組か神戸山口組かの選択を追求された。

初代倉本組組長・倉本広文は、柳川組出身で初代宅見組副組長を務めた後に四代目山口組若中になった経緯もあり、二代目宅見組への恩もあり態度を保留した。

同月20日、六代目山口組は河内敏之を「裏切者」と恫喝し、除籍。

同月26日、河内敏之は寝室で、寝間着姿のまま布団の上で心臓めがけ自ら拳銃の引き金を引き自殺した。河内敏之は病院に運ばれたが、すでに心肺停止状態だった。右手近くにリボルバーの拳銃が落ちていて、争った形跡はなかった。


2023年5月19日金曜日

九紋龍組<吉川組<六代目山口組

 五代目九紋龍組は大阪府大阪市淀川区西宮原2-6-16新大阪コーポビアネーズ810に本部を置く暴力団で、指定暴力団・六代目山口組の三次団体。上部団体は四代目吉川組。

〇略歴

伝安一家十人衆・吉山作之助系の吉山組組長・吉山楢太郎から九紋龍昇之助が独立。九紋龍昇之助実弟の木本甚助が二代目を継承。木本甚助実子の木本太郎が三代目を継承。

〇九紋龍組系譜

祖-吉山猶太郎

初代-九紋龍昇之助こと木本末太郎

二代目-木本甚助(木本甚之助)

三代目-木本太郎

四代目-八阪政文

五代目-森龍明

〇五代目九紋龍組組織図

組長-森龍明(四代目吉川組若頭)


かつてこのビルに吉川組の本部がテナントとして入居していらそうです。ネット上の情報によると吉川組の本部も8階に入居していたらしい。ただし、同じ部屋に入居していたのかどうかは不明である。


宮田組<一会<6代目山口組

 宮田組は大阪府豊中市三和町2丁目7-52に本部を置く暴力団で、指定暴力団・六代目山口組の三次団体。上部団体は三代目一会。


〇宮田組組織図

組長-宮田嘉一郎(三代目一会統括委員長)

若頭-蛭田雅和(三代目一会若頭補佐)

砂子会跡地<山健組<神戸山口組

 元指定暴力団神戸山口組の三次団体で、上部団体は山健組。2016年1月、砂子宣優会長の引退に伴い解散。組員は二代目宮田興業に移籍

◆砂子会組織図

会長:砂子宜優(四代目山健組舎弟)

所在地:大阪府大阪市北区天神橋1-14-17


竜道会跡地<健竜会<山健組<6代目山口組

 上部団体は六代目山口組・山健組・健竜会。

◆竜道会系譜

初代:田辺俊夫

二代目:伊藤力雄

◆二代目竜道会組織図

会長:伊藤力雄

所在地:大阪府豊中市螢池東町1-1-8


2016年3月1日に午前2時45分ごろ、大阪府豊中市蛍池東町の駐車場の近隣住民から、「車が当たったような大きな音がした」と110番があり、神戸山口組系山健組傘下健竜会内竜道会本部事務所の駐車場東側のブロック塀に衝突痕があり、正面からぶつかったとみられる乗用車が放置されていた。けが人はなかった。黒のRV車が隣の駐車場から前向きで二度突っ込み、そのまま乗り捨てられていたが、この事務所には現在活動実態がなく、けが人はいなかった。2月25日には、奈良県大和郡山市にある六代目山口組傘下組織の元組事務所に車が突っ込み、壁などを壊す事件が起きており、警察は山口組分裂の関連を調べる方針。グーグルマップで見てみると2016年6月頃までは暴力団事務所風の建物(自宅兼事務所の可能性もあり)はあるが2017年7月にはすでに取り壊されている。このことから考えて既にこの組は解散しているとみていいだろう。


2023年4月25日火曜日

勝心連合跡地<野内組<弘道会<六代目山口組

 三代目勝心連合は大阪府大阪市中央区難波2-3-3に本部を置く暴力団で、指定暴力団・六代目山口組の四次団体。上部団体は野内組。

○略歴 

2022年1月、三代目勝心連合は神戸山口組・二代目宅見組の中核組織であったが、二代目宅見組幹部・今津幸治郎が勝心連合を率いて宅見組を脱退。同年2月1日、六代目山口組・三代目弘道会・野内組に移籍。2022年9月頃に事務所に公安委員会のステッカーがはがされているといううわさが流れていた(2022年8月まではステッカーが貼られていることがグーグルマップで確認できる)。2023年3月18日に確認するために見に行ってみると公安委員会のステッカーがはがされていた。移転したのか解散したのかは不明です。


○系譜 

初代-入江 禎

二代目-今村仁志

三代目-今津幸治郎


○組織図 

組長-今津幸治郎(野内組舎弟)

2022年12月18日日曜日

大原組<6代目山口組

 二代目大原組は大阪府大阪市東成区東小橋3-2-26(二代目誠心連合本部)に本部を置く暴力団で、指定暴力団・六代目山口組の二次団体。旧本部は大阪府大阪市生野区田島1-9-30(解体済)。

〇略歴

1989年12月、初代・大原宏延は、二代目北岡会会長・前田英明、正木組組長・正木年男、二代目川内組組長・根本辰男、細川組組長・細川幹雄、浅川会会長・浅川桂次、中村組組長・中村伍、大門会会長・大関大会長らと共に、五代目山口組組長・渡辺芳則から盃を受け、五代目山口組直参に昇格。

2021年6月までに、大原組の本部事務所は解体された。

系譜

初代-大原宏延(六代目山口組総本部長)

二代目-金田芳次


〇組織図

組長-金田芳次(六代目山口組若中)

若頭-池田勇次(二代目誠心連合会長)

舎弟頭-八角博行(二代目鈴雅組組長)

本部長-叶 将之(二代目叶組組長)

顧問-岩谷日新

相談役-本郷清郎

舎弟頭補佐-那和静雄(那和興業組長)

若中-梶渉

現事務所



旧事務所


この辺です。

この白い車の向う側です。

誠心連合<大原組<6代目山口組

 二代目誠心連合は大阪府大阪市東成区東小橋3-2-26に本部を置く暴力団で、指定暴力団・六代目山口組の三次団体。上部団体は二代目大原組。


〇系譜

初代-金田芳次(二代目大原組組長)

二代目-池田勇次

〇二代目誠心連合組織図

会長

池田勇次(二代目大原組若頭)



2022年5月25日水曜日

柳川興業<秋良連合会<6代目山口組

 柳川興業は大阪府大阪市浪速区桜川4-8-2に本部を置く暴力団で、指定暴力団・六代目山口組の三次団体。上部団体は秋良連合会。植田組<秋良連合会<6代目山口組や生島組<吉川組<6代目山口組とどう住所である。同じビルの別の部屋にあるのか同じ部屋をシェアしているのかは不明である。


○組織図 

組長-柳川誠二(秋良連合会若頭補佐)

組織委員長-天野直人

事務局長-神山博人

理事長補佐-織田裕也

相談役-柳田龍二 

舎弟-曽我部亮治(誠榮興業組長)

舎弟-豊永正士

舎弟-極並秀佳

理事長補佐-織田裕也

行動隊長-野山大志

理事-西石雄基

理事-横山章太

幹事-福森公次

幹事-松原宏樹

幹事-日朝直樹

幹事-日朝俊二

幹事-岡部友太

幹事-真田誠



植田組<秋良連合会<6代目山口組

 植田組は大阪府大阪市浪速区桜川4-8-2に本部を置く暴力団で、指定暴力団・六代目山口組の三次団体。上部団体は秋良連合会。

○略歴 

2018年5月11日、神戸山口組・四代目山健組・生島組から六代目山口組・秋良連合会に移籍。

○組織図 

組長-植田輝雄(秋良連合会舎弟頭)

この住所には生島組(吉川組)、柳川興業(秋良連合会)の事務所がある。同じマンションの別の部屋なのか、同一の部屋を使用しているのかは不明である。



勝心連合<野内組<弘道会<六代目山口組

 三代目勝心連合は大阪府大阪市中央区難波2-3-3に本部を置く暴力団で、指定暴力団・六代目山口組の四次団体。上部団体は野内組。

○略歴 

2022年1月、三代目勝心連合は神戸山口組・二代目宅見組の中核組織であったが、二代目宅見組幹部・今津幸治郎が勝心連合を率いて宅見組を脱退。同年2月1日、六代目山口組・三代目弘道会・野内組に移籍。


○系譜 

初代-入江 禎

二代目-今村仁志

三代目-今津幸治郎


○組織図 

組長-今津幸治郎(野内組舎弟)



南一家跡地<六代目山口組

 四代目南一家は大阪府大阪市中央区難波千日前11-26谷口ビルに本部を置いた暴力団で、指定暴力団・六代目山口組の二次団体であった。

○略歴 

1945年9月、大阪・ミナミで浅沢友七が愚連隊として結成。1990年3月、三代目会長・平山桂次が五代目山口組に直参として加入した。2010年5月、三代目会長・平山桂次が引退した。2011年9月、四代目会長・井村一男が六代目山口組を除籍となり南一家は解散した。


○南一家系譜 

初代-浅沢友七

二代目-小林一郎

三代目-平山桂次

四代目-井村一男


○南一家組織図 

会長-井村一男(六代目山口組若中)


今現在タイ古式マッサージの店が入居しているビルです(当然マッサージ店とは無関係である)。交番のすぐ目の前に暴力団事務所があるのはすごいですね。



天野組跡地<6代目山口組

 天野組は大阪市天王寺区生玉町10-19迎賓閣ビル4Fに本部を置いていた暴力団で、指定暴力団・六代目山口組の二次団体であった。

○略歴 

元・波谷組舎弟。1990年、波谷組と五代目山口組・弘道会との「山波抗争」終結後、天野洋志穂は波谷組から初代宅見組に移籍、宅見組副組長を務めた。1997年8月8月28日、宅見組組長・宅見勝が新神戸オリエンタルホテル4Fの喫茶店で、中野会傘下組員に銃撃され、搬送先の神戸市立中央病院で死亡。1998年10月、宅見組二代目を入江禎が継承。入江禎の宅見組二代目継承に反目した組長代行・天野洋志穂、舎弟頭・東義生(東生会会長)、舎弟頭補佐・植木紀雄(一誠会?会長)らが「天野組」を結成し、天野洋志穂が組長に就任。1999年3月、岸本組預かりを経て山口組直参に昇格。2002年4月、二代目宅見組には加わらなかったが、「初代宅見組系」として天野組傘下組員が沖縄県で中野会副会長・弘田憲二を射殺し、宅見勝暗殺への報復をこなしている。2008年1月、天野洋志穂は六代目山口組から除籍処分を受け引退。天野組は解散。同年2月、天野組若頭・二代目東生会会長・須ノ内祥吾が天野組の地盤を引継ぎ直参に昇格。


○組織図 

組長-天野洋志穂(六代目山口組若中・天野会初代会長・元宅見組副組長)

最高顧問-東義生(二代目東生会総長・初代東生会会長・元宅見組舎弟頭)

副組長-東浜俊則(東浜一家総長)

若頭-須ノ内祥吾(二代目東生会会長)

舎弟頭-清水年雄(清水組組長)

本部長-元山勇武人(元山総業組長)

副本部長-吉永大二(二代目天野会会長)



中野会跡地と弘田組跡地<中野会

 ◎中野会 

中野会は大阪市天王寺区生玉町12-4に本部を置き、京都府八幡市に本家を置いた指定暴力団。かつては神戸市須磨区寺田町2-1-9に本部を置いていた五代目山口組の二次団体であり、1997年に山口組から絶縁処分以降、8年にわたり独立組織として存在した。2005年解散。

〇略歴 

・山口組 

1936年、中野太郎が大分県日田市に出生。1960年頃、九州より大阪に移り名和組を経て三代目山口組・山健組に加入。1970年、渡邉芳則が山健組内に健竜会を結成すると相談役に就任した。1989年、五代目山口組発足に伴い山口組直参に昇格。1990年、五代目山口組若頭補佐に就任した。1996年7月10日、京都府八幡市の理髪店で、散髪中だった中野太郎が、会津小鉄系組員に銃撃された。中野太郎のボディガードが拳銃で応戦し、会津小鉄系組員2人を射殺。中野太郎は無傷だった。同日、図越利次ら会津小鉄最高幹部が、山口組本部を訪れ、会津小鉄系組員が、中野太郎を襲撃したことを詫びた。五代目山口組若頭・宅見勝は、図越利次らの謝罪を受け入れ、中野太郎と協議することなく和解した。中野太郎は当事者である自身の承諾なしに会津小鉄と和解した事に激しい不満を抱き、宅見勝と激しく対立した。

・宅見若頭射殺事件 

1997年7月、中野会若頭補佐・吉野和利が総指揮をとり、東京都と大阪府の中野会傘下組織から、宅見勝の動向を探るための偵察部隊と襲撃するための襲撃部隊をそれぞれ選抜。同年8月28日午後3時20分頃、宅見勝は五代目山口組総本部長・岸本才三(後に最高顧問)と、副本部長・野上哲男(後に最高顧問)と共に、新神戸オリエンタルホテルのティーラウンジの一番奥まったテーブルに着いた。その直後、中野会傘下の襲撃部隊が宅見勝を銃撃。

宅見勝は38口径と45口径の拳銃で計7発の銃弾を受け、救急車で神戸市立中央病院に緊急搬送されたが、約1時間後の午後4時32分に同病院で死亡した。事件当時、隣のテーブルに座っていた一般人の歯科医師の男性が、流れ弾に当たって重傷を負った。同席していた岸本才三、野上哲男は無事だった。事件から3日後、中野太郎は宅見勝の射殺事件により山口組から破門処分を受けた。同年9月3日、事件に巻き添えとなった歯科医師が死亡した事で絶縁処分となった。中野太郎はこの処分を不服とし、中野会を解散せずに独立組織となった。

・独立組織 

中野太郎は配下組員に対し、中野会残留か、他の山口組傘下組織へ異動するかの判断は各々に委ねるとした。中野会組員は、山健組など他組織へ大量に離脱した。山口組執行部は中野会への攻撃を厳禁とし傘下組織へ通達。(親を殺害された宅見組および天野組等の「宅見一門」は報復行動が例外的にある程度許容された。)中野会本部事務所を神戸市須磨区から大阪市天王寺区生玉町へと移転した。1998年7月6日、在日韓国人であった若頭補佐・吉野和利?は、韓国の高級住宅地にある豪邸で家族とともに潜伏していたが、ソウルで変死体となって発見された吉野和利の遺体からは内臓や脳は全て除去されたおり、さらに血液をすべて搾取されていた。薬物による中毒死の可能性が状況的にも強く示唆され毒殺の可能性が高いという。1999年7月1日、大阪府公安委員会が独立組織として中野会を指定暴力団に指定。1999年9月1日、中野会若頭・山下重夫?が大阪市生野区内の麻雀店で、宅見組若頭補佐・西野保?ら襲撃チーム4人によって射殺された。中野会は山口組から度重なる報復攻撃を受けたが、中野太郎は五代目山口組への報復攻撃を厳禁とし、一度も山口組へ報復することはなかった。2002年4月、中野会副会長・弘田憲二が天野組・山下哲生組員により沖縄県那覇市内で射殺された。山下哲生は、単身で計画し本島から追い続け大金星をあげた。2003年、中野太郎が脳梗塞で倒れた。中野会は山口組から絶縁処分以降、8年にわたり独立組織として存在したが、2005年8月7日、六代目山口組発足に伴い、寺岡修や竹中武らの仲介もあり大阪府警に解散届を提出。中野会を解散し中野太郎は引退した。

○組織図 

会長-中野太郎(元五代目山口組若頭補佐)

副会長-弘田憲二(弘田組組長)

若 頭-山下重夫(山重組?組長)

本部長-近藤大恵

若頭補佐-吉野和利


◎弘田組 

二代目弘田組は大阪市天王寺区生玉町12-4に本部を置いた暴力団。中野会の二次団体であった。

〇略歴 

2002年4月20日、組長・弘田憲二が沖縄県那覇市で、五代目山口組・天野組組員に射殺された。2005年、二代目組長・森田健一の引退により解散。

○系譜 

初代-弘田憲二(中野会副会長)

二代目-森田健一(中野会若頭補佐)



臥龍会跡地<山健組<6代目山口組

 三代目臥龍会は大阪府大阪市浪速区元町2丁目2-5に本部を置く暴力団で、指定暴力団・6代目山口組の三次団体。上部団体は山健組。

○略歴 

初代金澤膺一が三代目山健組から本家若中に昇格。その際、五代目山口組組長渡辺芳則が名付け親となり金澤組を臥龍会へ改称。1993年1月27日、金澤膺一が交通事故で急死、若頭戸崎吉晴が二代目を継承するが、2001年9月2日、戸崎吉晴も肝疾患により急逝。二代続けて会長を失った臥龍会は三代目の継承が注目されたが、2001年9月に解散。組員は全て同じ山健組系の組織である健心会へ移籍した。2016年2月18日、二代目臥龍会副会長であった木村政明が臥龍会を再結成し、三代目を継承。同日、四代目山健組舎弟に就任した。2017年5月10日、三代目会長木村政明が四代目山健組から破門。2018年2月、木村政明を抹消し新たに三代目会長小林茂が就任。2020年12月5日、五代目山健組舎弟であったが破門処分を受ける。2020年12月、五代目山健組舎弟だった小林茂は、服役を終え出所後に神戸山口組に回帰。五代目山健組から破門処分となった。2021年10月20日、神戸山口組の執行部会において、今後は「山健組」を名乗らず、小林茂は神戸山口組組長・井上邦雄の預かりとなった。これにより別の場所に事務所が移転したようで事務所のステッカーは外され活動実態はないようである。現実に2022年3月19日に確認したところ暴力団対策法に基づくステッカーははがされていた。


○系譜 

初代-金澤膺一(五代目山口組若中)

二代目-戸崎吉晴(五代目山口組若中)

三代目-小林茂

○組織図 

会長-小林茂(山健組舎弟頭)

舎弟頭-下岡永壱



2022年1月24日月曜日

組事務所「シェア」増加 資金源減り苦肉の策

 複数の暴力団組織が組事務所を共同で使うケースが増えている。捜査関係者によると、全国で施行された暴力団排除条例などの影響で資金獲得活動(シノギ)が難しくなってきており、経費削減が主な理由とみられる。資金源や組員が減っていく中、組織維持のための苦肉の策と言えそうだ。 大阪府警と兵庫県警によると、大阪府内には複数の組織が一つの事務所を共同利用している場所が計13カ所ある。指定暴力団の山口組と神戸山口組の本拠地がある兵庫県にも少なくとも計3カ所ある。 昨年8月に山口組が分裂した後、神戸山口組に直系組織として加わった団体が大阪市港区のビルに入った。ただ、このビルは別の直系組織傘下の3次団体の組事務所のため、系列の違う組織が共同で使うことになった。新しく入居したこの直系団体は、元々同じ港区内に事務所を構えていたが、2012年に山口組から除籍処分を受けて解散。再結成時には以前の事務所を手放していた。11年10月までに全国で施行された暴力団排除条例は、学校など公共施設周辺での事務所新設を禁じている。事務所に使われることを知って不動産取引をした業者も指導対象になるため、現在は事実上、街中に暴力団事務所を新設できなくなった。 同じ系列の3、4次団体などが一つの事務所を共同利用するケースもある。神戸市中央区にある神戸山口組系の事務所の一室には、直系の有力組織「山健組」傘下の複数の団体が入る。見張りや清掃、来客の対応を当番制でこなしているという。 警察庁によると、暴力団組員は全国で約2万100人(15年末)で、統計が残る1958年以降で最少。ある組員は「金も人手もない。光熱費も切り詰めるしかない」と捜査員に明かしたという。ベテラン捜査員は「虚勢や見えを張りたがる暴力団にとって、事務所は力の象徴。10年前だったら事務所のシェアなんて考えられなかった」と話した。 

○住民の追放運動活発化 

山口組分裂による抗争事件を受け、不安を募らせる自治体や住民が暴力団事務所の撤去を求める動きが各地で活発化している。水戸市は今年3月、銃弾が撃ち込まれるなどした小学校近くの神戸山口組系事務所について、使用禁止を求める仮処分を水戸地裁に申し立てた。学校保健安全法に基づく申請で事務所が撤去された全国初のケースとなった。 福岡県では、火炎瓶が投げ込まれた福岡市内の山口組直系事務所について、県暴力追放運動推進センターが住民に代わって使用差し止めを求める「代理訴訟制度」で仮処分を申請。組側は「地元ともめたくない」と今月13日までに事務所を撤去した。 


2016/10/25毎日新聞


大阪市内でも複数の組織が同じ雑居ビルに入居している(同じ部屋かどうかは不明ですが)は少なからずありますね。


2021年9月11日土曜日

神戸山口組の中核「山健組」離脱、対立する「山口組」との合流模索か

 兵庫県警は、特定抗争指定暴力団「神戸山口組」(本部・神戸市)から中核組織の「山健組」(同)が離脱したと断定した。捜査関係者への取材でわかった。県警は、山健組が神戸山口組と対立する特定抗争指定暴力団「山口組」(同)への合流を模索しているとの情報を入手している。捜査関係者によると、山健組組長(62)は昨年7月以降、神戸山口組から離脱の意向を示して傘下の組長に同調を求め、山健組の組員が離脱する動きが出た。神戸山口組は昨年9月、山健組組長を除籍処分にしたという。組織運営を巡る対立が背景にあるとみられる。神戸山口組と山口組は2015年に分裂後、対立抗争を繰り返し、昨年1月に両組織は特定抗争指定暴力団に指定された。神戸山口組には昨年末時点で約1200人の構成員がいたが、今回の離脱に700人程度が同調し、勢力は半分以下になるとみられる。県警は離脱が新たな抗争の火種になる可能性があるとして警戒を強め、各組織の動向を注視している。反社会勢力に詳しいノンフィクション作家の溝口敦さんは「山口組が山健組を引き入れれば、対立抗争を巡る情勢が大きく変わる可能性がある」と指摘する。


読売新聞2021/9/10(金) 7:18配信


うーん、山健組が抜けたら神戸山口組はもはや終わりのような気がします。昨年神戸山口組から離脱した山健組の関係者や絆会の構成員はどういう動きをするのかな。それと神戸山口組の他の組長の動きも気になります。参加団体の組がごっそり6代目山口組に動く可能性があるのかも気になります。


2021年4月23日金曜日

神戸山口組、暴力団指定から5年抗争続くも勢力減退

 国内最大の指定暴力団「山口組」から分裂した「神戸山口組」(いずれも神戸市)が指定暴力団となってから15日で5年。この間、山口組との抗争状態が続き昨年1月、ともに特定抗争団体に指定された。その後も抗争事件は相次いでいるが、神戸山口組側は襲撃されるケースが目立つ上、主要団体の離脱もあり「劣勢に立たされている」(捜査幹部)のが実情だ。最近になって抗争終結に向けた動きもささやかれるが、情勢は不透明で警察当局は警戒を続けている。神戸山口組は平成27年8月、組織運営に不満を持ったとされる井上邦雄組長らが、山口組から離脱して結成。翌28年4月15日、兵庫県公安委員会が暴力団対策法に基づく指定暴力団に指定した。両組織間では分裂直後から抗争とみられる事件が相次ぎ、銃器を使用した殺傷事件も発生。昨年1月に特定抗争団体に指定され、活動が厳しく制限された後も同様の事件は続いている。山口組側が神戸山口組の幹部を襲撃する事件が多いが、最近になって表面化しているのは神戸山口組の最高幹部らを狙う動きだ。兵庫県尼崎市で昨年11月、神戸山口組系組長ら2人が山口組系組員2人に拳銃で撃たれ重傷を負った事件では、山口組側の2人が事前に井上組長の自宅も下見していたことが判明。襲撃の機会をうかがっていたとみられる。令和元年11月に同市の市街地で、神戸山口組系組長を自動小銃で殺害し、殺人罪などに問われている別の元山口組系組員の男は今年2月の公判で、井上組長らの殺害を考え関係先の下見をしたが、警備が厳重で断念したと明らかにした。こうした動きについて捜査幹部は「山口組側には、トップを狙うことで一気に抗争を終わらせる狙いがあるのでは」と分析。実行犯が最高幹部を狙っていたと明かすことで、神戸山口組側への圧力を強める狙いがあるとの見方もある。警察庁によると、神戸山口組の組員数は分裂直後の平成27年末時点では約2800人いたが、そこから減少の一途をたどり、令和2年末には約1200人に。有力組織の離脱も相次いでいるとされる。一方の山口組側も、取り締まりの強化や社会の暴力団排除機運の高まりなどで勢力は減退。分裂直後の平成27年末時点では約6千人だったが、昨年末には約3800人となった。特定抗争団体への指定に加え、新型コロナウイルスの影響でシノギ(資金獲得活動)が苦しいのは両組織に共通している。こうした事情もあり、水面下では他の指定暴力団が仲裁に入り、抗争の終結に向けた動きが始まったとの情報もある。だが、別の捜査幹部は「中心だった幹部らも相次いで神戸山口組を離れ、内部が一体ではなく情勢は流動的な面もある」と指摘。「そうした状況が新たな事件につながる恐れもあり、市民の安全を最優先に警戒を続ける必要がある」と話している。


2021/4/15(木) 18:48 産経新聞