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2025年12月23日火曜日

福中一家跡地<住吉会

 福中一家二代目は大阪府大阪市北区中津3-3-34に本部を置いた暴力団で、指定暴力団・住吉会の二次団体。旧・福中総業、福寿会。


○系譜 

初代-福中久雄(住吉会最高顧問)

二代目-吉田鷹男


○組織図 

組長-吉田鷹男(住吉会常任相談役)


詳しいことは不明であるが昭和36年頃から存在するようである。昭和50年代には既に存在していることは住宅地図で確認した。この住所にいくつかフリント企業が存在している(かつて存在していた分も含めるともう少しあるかもしれない)。ただ、2021年11月13日に現場を確認したが、古い3階建てのビルは存在しているが、監視カメラ等はなく人の出入りも確認できず、実質的に活動実態があるのかどうかは不明である(解散したのか別の住所に移転したのかは不明である)。グーグルマップを見ると2024年8月には既に建物が取り壊されている。2023年9月6日にフロント企業が解散しているため、その時に解散又は移転したものと思われる。実際解散なのか移転なのかは不明です。2025年12月23日に現場を見に行ってみるとビル(4階から6階が居住用マンションで1階から3階がテナントが入居するビル)で1階にローソンが入居するようで開店準備中でした。

2025年11月5日水曜日

禎心実業跡地<宅見組

 二代目禎心実業は大阪府大阪市東住吉区矢田4-11-23に本部を置いた暴力団で、指定暴力団・神戸山口組の三次団体。上部団体は二代目宅見組。旧・中澤連合。

○略歴 

2018年1月8日、組員の高橋順也、柿崎正船、高橋広志、石岡和久の4名が六代目山口組・三代目弘道会・十代目稲葉地一家へ移籍。

○系譜 

初代-中澤貢(二代目宅見組舎弟頭補佐)

二代目-高橋順也-絶縁

○二代目禎心実業組織図 

代表-松戸和美(二代目宅見組幹事)



詳しい事情は不明であるが「グーグルマップストリートビューで見ると2018年10月頃の地図には森嶋という表札がある(2016年7月の時には中澤という表札があるので中澤貢初代組長の名前と一致する)」「ツイッターの情報によると松戸和美という人物は2018年8月24日に死亡しているらしい(ネットでこの人物に関する情報が余出てこないことから考えて事件や事故のような犯罪絡みの死亡ではないようである)」「株式会社アイレットコーポレーションという宅見組のフロント企業が令和3年6月16日に大阪府大阪市中央区千日前1丁目8番23号から大阪府大阪市東住吉区矢田4丁目11番23号 (この組の住所と同住所)に移転してきている」「ユーチューブ上の情報やグーグルマップストリートビュー上では公安委員会のステッカー等が貼られていないことから実質的に活動していないように思われる(松戸和美という人物が2018年8月24日に死亡してから実質的に活動していないものと思われる)」ということが分かる。2018年8月に松戸和美という人物が死亡してから活動実態はほとんどなかったが、宅見組の関連施設のように密かに管理されていたが、令和3年6月16日に株式会社アイレットコーポレーションという宅見組のフロント企業が移転してきたようである。株式会社アイレットコーポレーションが移転してきた理由は大阪府大阪市中央区千日前1丁目8番23号の土地がHRストーン株式会社に令和5年4月14日に売却され、建物が取り壊されたからという理由です。


2025年6月15日日曜日

日新総業跡地<宅見組<山口組

 大阪府東大阪市足代南2-2-5にかつて存在した暴力団。この組については両国予備校に通っていた当時(平成5年秋)に発見した。昭和61年にはこの住所に存在しなかったが、平成3年には存在したようである(住宅地図の情報より)。ただ、住宅地図の情報によると平成8年(平成9年8月に起こった宅見事件の前年)には既にこの住所に存在していなかったようである。「平成10年7月には更地になってなくなっていたこと」「住宅地図の情報によると平成8年には既にこの住所に存在していなかった」「ネットでも話題にならない」ということから考えて平成8年には解散していたものと思われる。この住所地はかつて住宅街と商店街的な地域の混在するような場所だったが、グーグルマップを見ていると2009年頃から道路工事(道路拡張工事)のため周辺の建物等が取り壊されているため、跡地の撮影等は全くできない状態です。


旧住所:大阪府東大阪市足代南2-2-5



2025年3月18日火曜日

東生会跡地<神戸山口組

 二代目東生会は大阪市淀川区三津屋北1-31-3に本部を置いた暴力団で、指定暴力団・神戸山口組の元二次団体。2023年5月1日に解散した。

〇略歴

1984年頃、初代の東義生(一和会組織委員長・北山組舎弟)が、北山組解散後に宅見組へ移籍。

1997年、宅見若頭射殺事件以降は「初代宅見組系」として活動。この後宅見組の二代目は入江禎が継承した。

1998年、入江禎の二代目継承に反目した組長代行・天野洋志穂(天野組組長)、舎弟頭・東義生(東生会会長)、舎弟頭補佐・植木紀雄(一誠会会長)らが天野組を結成。東義生は天野組組長代行に就任。

2005年、東義生の天野組最高顧問就任に伴い、須ノ内祥吾が東生会の二代目を継承。

2008年、天野組組長・天野洋志穂が山口組から除籍され引退。天野組も解散。

天野組の地盤を引き継ぐ形で、山口組の二次団体に昇格。

2015年8月27日、井上邦雄ら六代目山口組の幹部13名が、山口組を離脱し神戸山口組を結成。この当日、六代目山口組から謹慎処分を受ける。

同年9月7日、山口組から除籍される。

神戸山口組に加入。

2023年5月1日付で、須ノ内祥吾が大阪府警に自身の引退届と東生会の解散届を提出。東生会は解散した。

〇東生会系譜

初代-東義生(宅見組舎弟頭)

二代目-須ノ内祥吾

〇二代目東生会組織図

会長-須ノ内祥吾(神戸山口組舎弟)

若頭-梅宮康行(二代目須ノ内組組長)

舎弟頭-高山俊冶(高山組組長)


2025年3月12日水曜日

ヤクザと憲法

 『ヤクザと憲法』(ヤクザとけんぽう)は、東海テレビ放送で2015年3月に放送されたドキュメンタリー番組。また、これを再編集して2016年に公開された日本のドキュメンタリー映画。監督は?方宏史。


概要

タイトルは、日本国憲法第14条が定める「法の下の平等」にヤクザは含まれるのか、という問題を指す。取材スタッフは指定暴力団・二代目東組(大阪市西成区)の二次団体である二代目清勇会(堺市)に100日間密着し、40分テープ500本分の映像を撮影した。主にヤクザの日常生活を追いかけ、「謝礼金は支払わない。収録テープ等を事前に見せない。顔へのモザイクは原則かけない」という約束で行われた。放送業界ではタブーとされている暴力団を真正面から撮影したと述べられている。2016年7月25日、渋谷にオープンしたばかりの「Shibuyaロフト9」で上映会とトークイベントが開催された。トークイベントには阿武野勝彦(プロデューサー)、?方宏史(監督)、山之内幸夫(元弁護士)、安田好弘(本作品の法律監修をした弁護士)、宮崎学(作家)が参加した。さらにサプライズゲストとして川口和秀(二代目清勇会会長)と大野大介(清勇会若頭)も登壇した。2016年12月には、CS・日本映画専門チャンネルで『東海テレビドキュメンタリー傑作選』の1つとして、TV初放送された。2018年10月2日に出演していたヤクザ達が大阪市内のビルの建設資金約500万円の支払いを免れるために、1月に建設関係者の男性を「なめきってんちゃうか」などと組員ら10人ほどで取り囲んで脅迫などした罪で逮捕された。それと「松山尚人」は部屋住みして8ヶ月目にしてドキュメンタリー映画「ヤクザと憲法」に出演して「伝説の部屋住みヤクザ」として一躍有名になる。しかし、その後、部屋住みから1年もしない内に東組から脱走してしまう。そしてしばらくの間は、若頭からもらっていたお駄賃で食いつらいでいたと思われます。そのままお金がなくなり無一文になってしまった挙げ句に21歳という若さで名古屋のコンビニで「強盗未遂」にて捕まる。

 当時の報道によるニュース記事になります。

◆中京テレビニュース(CTV)より

名古屋市東区泉のコンビニで、女性経営者にカッターナイフを突きつけて厳禁を脅し取ろうとして、住所不定の暴力団組員・松山尚人容疑者(21)が強盗未遂の疑いで逮捕された。警察によると、松山容疑者は女性経営者にカッターナイフを突きつけ、「金を出せ」と現金を脅し取ろうとした疑い。女性経営者が非常通報ボタンを押したため、何も奪わず逃走していた。警察の調べに対し、松山容疑者は「暴力団事務所を出てきて、金がなかった」などと容疑を認めているという。

◆東区のコンビニ強盗未遂、暴力団員を逮捕/愛知(2015/06/17)

今年4月、名古屋市東区泉のコンビニエンスストアで、女性経営者にカッターナイフを突きつけ、現金を脅し取ろうとしたとして、住所不定の暴力団組員・松山尚人容疑者(21歳)が(2015年6月)15日、強盗未遂の疑いで逮捕された。警察によると、松山容疑者は女性経営者にカッターナイフを突きつけ、「金を出せ」と現金を脅し取ろうとした疑い。

これ以外にも余罪があり執行猶予なしの有罪判決が出たそうです。今現在もう出所しているようですが名古屋の方に住んでいるのではと言われています。


〇出演 (取材対象者)

川口和秀 (二代目清勇会会長)

山之内幸夫 (弁護士)

大野大介 (清勇会若頭)

松山尚人 (清勇会部屋住み)

河野裕之 (清勇会事務局長)

隈村州男 (清勇会若頭補佐)

今井進 (清勇会舎弟頭)

大石和政 (清勇会舎弟)

金城健護 (清勇会部屋住み)

猪原かをよ (山之内の事務員)

二代目東組二代目清勇会

〇スタッフ

プロデューサー-阿武野勝彦

音楽-村井秀清

音楽プロデューサー-岡田こずえ

撮影-中根芳樹

音声-野瀬貴弘

オーサリング-山口幹生

TK-河合舞

音響効果-久保田吉根

CG-松井裕哉

編集-山本哲二

法律監修-安田好弘

映像協力-関西テレビ放送

監督-方宏史

制作-東海テレビ放送

2025年2月15日土曜日

柳川組<山口組

 二代目柳川組は大阪府大阪市北区堂山に本部を置いた愚連隊系暴力団で、三代目山口組の二次団体。

〇略歴

1958年、柳川次郎が柳川組を結成。

1959年、柳川次郎が三代目山口組若頭・地道行雄の舎弟となり山口組傘下となる。“殺しの軍団”と呼ばれ、組長・柳川次郎以下、在日朝鮮人が多く所属していたことでも知られる。全盛期には傘下73団体・組員1700名(準構成員含むと約2800名)を抱え、全国1道2府10県に進出。山口組の勢力拡大に貢献した。三代目山口組時代に二次団体でありながら広域暴力団に指定された唯一の組織。1964年、谷川康太郎が二代目を継承。1969年4月1日、大阪府警により柳川次郎は名古屋刑務所から大阪の田辺警察署に移送された。ここで第一次頂上作戦の対象とされ、厳しい追及により田辺署は柳川次郎の口から柳川組の解散を引き出した。同年4月8日、柳川次郎は二代目柳川組組長・谷川康太郎を大阪刑務所で説得し三代目山口組組長・田岡一雄に無断で解散を宣言(なお「解散声明書」及び柳川次郎が署名した「解散同意書」は1969年4月9日付となっている)。同年8月1日、田岡一雄は柳川次郎、谷川康太郎を本家に無断で組を解散したと云う理由で絶縁処分とした。

〇柳川組系譜

初代-柳川次郎こと梁元錫

二代目-谷川康太郎こと康東華

〇二代目柳川組組織図

組長-谷川康太郎(三代目山口組若中)

〇主な出身者

石田章六(石田組組長)-後の章友会会長・六代目山口組顧問

野澤儀太郎(野澤組組長)-後に一会会長・五代目山口組舎弟

金田三俊(金田組組長)-後に四代目山口組舎弟

藤原定太郎(藤原組組長)-後に藤原会会長・三代目山口組若中

木村忠雄-後に藤原会最高幹部、藤和会会長・五代目山口組若中

倉本広文-後に倉本組組長、宅見組副組長、五代目山口組若頭補佐

前田和男-後に前田組組長、黒澤組副組長、黒誠会会長・五代目山口組若頭補佐

小山十四郎(和歌山支部長・小山組組長)-後に一会副会長・五代目山口組若中

福島三郎(北陸支部長・福島組組長)-後に一会幹部、四代目山口組若中

紺谷久雄(紺谷組組長)-後に一会幹部、四代目山口組若中

石間春夫(北海道支部二代目支部長)-後に北誠会会長・初代誠友会総長・五代目山口組舎弟

田村武志(北海道支部)-後に二代目北海道誠友会会長、二代目誠友会会長・五代目山口組若中

福島末博-後に勝龍会会長、宅見組舎弟頭補佐・六代目山口組幹部

2024年12月27日金曜日

2024年4月8日月曜日

三誠会跡地<倉本組<六代目山口組

 三誠会系譜

初代:中西三郎

二代目:河内敏之

この河内敏之は自殺して話題になっています。

大阪府大阪市浪速区桜川1丁目2-18サンロール湊町(201と202号室だったようです)


いつ頃にこの組ができたのか不明ですがこんな記事が出ていたので付け加えておきます。

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死亡男性は除籍組長、拳銃自殺か組分裂で組織運営に悩む?

大阪市浪速区桜川のマンションにある暴力団事務所で26日午後に見つかった拳銃で撃たれたとみられる男性について、大阪府警浪速署は同日、搬送先の病院で死亡が確認されたと発表した。同署によると、男性は指定暴力団山口組直系倉本組(本部・奈良市)の川地敏之組長(52)=奈良市大宮町=とみられ、自殺の可能性が高いとみて調べている。同署によると、川地組長とみられる男性は寝室で寝間着姿で倒れていたといい、マンションを訪ねてきた元組員の男性(49)が発見した。胸に銃創のような傷が1カ所あり、そばには回転式の拳銃が落ちていたが、争った形跡はなかったという。捜査関係者によると、川地組長は今月中旬、山口組から除籍処分を受けていたといい、病気療養中だった。山口組の分裂をめぐり倉本組では、山口組に残る勢力と離脱した神戸山口組側へ移籍しようとする勢力の両方があるなど、組織運営でトラブルを抱えていたとみられる。

2015/10/27 07:38 産経WEST

揺れる山口組 直系組長が拳銃自殺 上と下の板挟みで精神的に追い詰められ…

国内最大の指定暴力団山口組(総本部・神戸市灘区)の直系団体である倉本組(本部・奈良市)の川地(通称・河内)敏之組長(52)が26日、大阪市浪速区の傘下組事務所で死亡しているのが見つかった。拳銃自殺とみられる。倉本組は8月末の山口組分裂が表面化して以降、残留派と神戸山口組移籍派に割れており、山口組は今月中旬、川地組長の監督責任を問い、除籍処分にしていた。山口組の分裂から2カ月。川地組長の自殺は組織分裂で揺れ動く山口組の実態を浮き彫りにしている。大阪府警によると、川地組長は26日午後0時20分ごろ、大阪市浪速区にある傘下組事務所の和室に敷かれた布団の上であおむけに倒れているのを、訪ねてきた元男性組員(49)に発見された。病院に運ばれたが、胸に銃創があり、死亡が確認された。グレーのスエット姿で右手近くには回転式の拳銃が落ちており、ほかに目立った外傷はなかった。川地組長は今月初旬~中旬に内臓疾患のため入院。その後は事務所に寝泊まりし、元組員が日中は身の回りの世話のため通っていたという。遺書などは見つかっていないが、状況などから大阪府警は拳銃自殺の可能性が高いとみて調べている。川地組長は8月末の山口組の分裂が表面化していて以降、窮地に立たされていた。奈良県警の捜査関係者によると、倉本組は山口組の直系団体で、大阪府や和歌山県、三重県などにも傘下組織を持つ。川地組長は2010年、ナンバー2の「若頭」から3代目組長に就任。山口組の分裂以降は神戸市灘区の総本部で直系組長らを集めて毎月開かれている定例会には出席せず、若頭を代理出席させるなどしていたという。倉本組はピーク時には約2000人の組員を抱えていたが、取り締まり強化や暴力団排除条例の浸透などで約200人まで激減。総本部に納める毎月約100万円の会費や、雑貨購入費などの支払いに困窮していたとされる。高額の山口組の会費を批判している神戸山口組側は直系組長の毎月の会費は30万~10万円に抑えており、倉本組内では山口組に残留するか、神戸山口組に移籍するか、意見が分かれていたといい、こうした情勢を山口組執行部が察知。川地組長の監督責任を問い、除籍処分にしたという。捜査関係者は川地組長について「上からはたたかれ、下からは突き上げられ、板挟みになっていた。最近は精神的に追い詰められて酒浸りになっていたようだ」と指摘。今後の倉本組については「傘下組織の一部は倉本組の初代組長と縁がある神戸山口組の直系団体に移籍する方向で、残りは山口組の直系団体に吸収される」と分析している。山口組の分裂から2カ月。山口組の直系団体の中には倉本組と同様の問題を抱えている組織がまだあるといい、警察当局は動向を注視している。

2015.10.27

大阪府大阪市浪速区桜川一丁目2-18サンロール湊町201らしい。過去の住宅地図を調べてみると2001年から2008年までの間201号室と202号室に「河内」と言う表札が出ていた様子です。組事務所として利用されていたのか個人の住宅として利用されていたのかは不明です(この新聞記事の文章からすれば表札は個人名で出していたが組事務所として利用していたようです)。


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2023年11月16日木曜日

死亡男性は除籍組長、拳銃自殺か組分裂で組織運営に悩む?

 大阪市浪速区桜川のマンションにある暴力団事務所で26日午後に見つかった拳銃で撃たれたとみられる男性について、大阪府警浪速署は同日、搬送先の病院で死亡が確認されたと発表した。同署によると、男性は指定暴力団山口組直系倉本組(本部・奈良市)の川地敏之組長(52)=奈良市大宮町=とみられ、自殺の可能性が高いとみて調べている。同署によると、川地組長とみられる男性は寝室で寝間着姿で倒れていたといい、マンションを訪ねてきた元組員の男性(49)が発見した。胸に銃創のような傷が1カ所あり、そばには回転式の拳銃が落ちていたが、争った形跡はなかったという。捜査関係者によると、川地組長は今月中旬、山口組から除籍処分を受けていたといい、病気療養中だった。山口組の分裂をめぐり倉本組では、山口組に残る勢力と離脱した神戸山口組側へ移籍しようとする勢力の両方があるなど、組織運営でトラブルを抱えていたとみられる。

2015/10/27 07:38 産経WEST

揺れる山口組 直系組長が拳銃自殺 上と下の板挟みで精神的に追い詰められ…

国内最大の指定暴力団山口組(総本部・神戸市灘区)の直系団体である倉本組(本部・奈良市)の川地(通称・河内)敏之組長(52)が26日、大阪市浪速区の傘下組事務所で死亡しているのが見つかった。拳銃自殺とみられる。倉本組は8月末の山口組分裂が表面化して以降、残留派と神戸山口組移籍派に割れており、山口組は今月中旬、川地組長の監督責任を問い、除籍処分にしていた。山口組の分裂から2カ月。川地組長の自殺は組織分裂で揺れ動く山口組の実態を浮き彫りにしている。大阪府警によると、川地組長は26日午後0時20分ごろ、大阪市浪速区にある傘下組事務所の和室に敷かれた布団の上であおむけに倒れているのを、訪ねてきた元男性組員(49)に発見された。病院に運ばれたが、胸に銃創があり、死亡が確認された。グレーのスエット姿で右手近くには回転式の拳銃が落ちており、ほかに目立った外傷はなかった。川地組長は今月初旬~中旬に内臓疾患のため入院。その後は事務所に寝泊まりし、元組員が日中は身の回りの世話のため通っていたという。遺書などは見つかっていないが、状況などから大阪府警は拳銃自殺の可能性が高いとみて調べている。川地組長は8月末の山口組の分裂が表面化していて以降、窮地に立たされていた。奈良県警の捜査関係者によると、倉本組は山口組の直系団体で、大阪府や和歌山県、三重県などにも傘下組織を持つ。川地組長は2010年、ナンバー2の「若頭」から3代目組長に就任。山口組の分裂以降は神戸市灘区の総本部で直系組長らを集めて毎月開かれている定例会には出席せず、若頭を代理出席させるなどしていたという。倉本組はピーク時には約2000人の組員を抱えていたが、取り締まり強化や暴力団排除条例の浸透などで約200人まで激減。総本部に納める毎月約100万円の会費や、雑貨購入費などの支払いに困窮していたとされる。高額の山口組の会費を批判している神戸山口組側は直系組長の毎月の会費は30万~10万円に抑えており、倉本組内では山口組に残留するか、神戸山口組に移籍するか、意見が分かれていたといい、こうした情勢を山口組執行部が察知。川地組長の監督責任を問い、除籍処分にしたという。捜査関係者は川地組長について「上からはたたかれ、下からは突き上げられ、板挟みになっていた。最近は精神的に追い詰められて酒浸りになっていたようだ」と指摘。今後の倉本組については「傘下組織の一部は倉本組の初代組長と縁がある神戸山口組の直系団体に移籍する方向で、残りは山口組の直系団体に吸収される」と分析している。山口組の分裂から2カ月。山口組の直系団体の中には倉本組と同様の問題を抱えている組織がまだあるといい、警察当局は動向を注視している。

2015.10.27


大阪府大阪市浪速区桜川一丁目2-18サンロール湊町201らしい。

過去の住宅地図を調べてみると2001年から2008年までの間201号室と202号室に「河内」と言う表札が出ていた様子です。組事務所として利用されていたのか個人の住宅として利用されていたのかは不明です(この新聞記事の文章からすれば表札は個人名で出していたが組事務所として利用していたようです)。


〇河内敏之とは

河内敏之(本名:川地敏之 1963年3月4日-2015年10月26日)は日本のヤクザ。元・指定暴力団・六代目山口組若中、三代目倉本組組長。

1982年、倉本組・三誠会に加入する。

2010年、六代目山口組若中。

2011年、組長付に就任する。

2015年10月、分裂騒動で六代目山口組か神戸山口組かの選択を追求された。

初代倉本組組長・倉本広文は、柳川組出身で初代宅見組副組長を務めた後に四代目山口組若中になった経緯もあり、二代目宅見組への恩もあり態度を保留した。

同月20日、六代目山口組は河内敏之を「裏切者」と恫喝し、除籍。

同月26日、河内敏之は寝室で、寝間着姿のまま布団の上で心臓めがけ自ら拳銃の引き金を引き自殺した。河内敏之は病院に運ばれたが、すでに心肺停止状態だった。右手近くにリボルバーの拳銃が落ちていて、争った形跡はなかった。


2023年10月6日金曜日

ホテルワンラブであった風俗店勤務の女性死亡事件

 平成28年5月7日午後3時5分頃、大阪市天王寺区生玉町のホテルの一室で、「女性が動かない」とホテルの従業員から119番があった。天王寺署などによると、女性は裸の状態で倒れ、すでに死亡していた。目立った外傷はなかった、所持品には数枚の診察券があった。女性は40代の風俗店従業員とみられる。男性客と一緒に入室したといい、同署は死因を調べるとともに、現場から立ち去った男性客の行方を追っている。同署によると、2人は同日午後1時頃に入室したが、女性の勤務する風俗店に午後3時頃、男性客から「女性が倒れた」と連絡があった。風俗店関係者がホテルへ急行したところ、部屋で女性が倒れているのを見つけたが、すでに男性客の姿はなかったという。天王寺区のホテルで女性の遺体が見つかった事件で、死亡したのは、風俗店勤務の女性(47)=大阪府富田林市=と判明した。警察は女性と一緒に入室した男性客の行方を追っている。


大阪府大阪市天王寺区生玉町2-30(旧ホテルワンラブ)

このラブホテル「ホテルワンラブ」は2021年10月までは営業しているようだが2022年5月には取り壊し工事が始まっている。マンションになるという話があるようです。


2023年7月9日日曜日

二代目宅見組組長入江禎の自宅

 ○入江禎とは

入江 禎(1944年12月9日- )は、指定暴力団・神戸山口組副組長、二代目宅見組組長。

・山口組時代

1964年、渡世入り。

1997年、宅見組組長・宅見勝が中野会により射殺された為、宅見組の二代目を継承し山口組の若中に昇格。

六代目山口組発足と同時に「総本部長」に就任。以降の山口組で髙山清司に次ぐ第三の有力者とされた。

2010年12月1日、髙山清司の逮捕からわずか2週間後に、中野会若頭を射殺し、殺人罪で服役していた組員の家族に現金を渡したとする「賞揚等禁止命令違反」から、暴力団対策法違反容疑で大阪府警に逮捕された。

同月24日、保釈金1,000万円を支払い保釈。

2011年3月10日、有罪が確定。懲役10ヶ月、執行猶予3年の判決を受けた。

2013年10月、六代目山口組舎弟頭に就任。

2013年12月19日、米財務省は日本国内外で麻薬の密輸や人身売買などの犯罪行為に関与しているとして、入江禎を金融制裁の対象に指定。

・神戸山口組時代

2015年8月27日、六代目山口組若頭補佐・四代目山健組組長の井上邦雄とともに山口組を脱退。同日付で山口組から絶縁。

共に離脱した13団体と井上邦雄を組長とする神戸山口組を結成、副組長に就任。

2022年5月8日、午前2時45分ごろ豊中市緑丘の入江禎宅に、山口組・三代目弘道会・十代目稲葉地一家組員・菅野義秀(元アビス幹部)が車で突入。玄関先の門を壊して逃走。同日午前5時頃、豊中市内で菅野義秀は逮捕された。


自宅住所:大阪府豊中市緑ヶ丘4-31-1



警察官が警戒しているところです。

2023年5月19日金曜日

九紋龍組<吉川組<六代目山口組

 五代目九紋龍組は大阪府大阪市淀川区西宮原2-6-16新大阪コーポビアネーズ810に本部を置く暴力団で、指定暴力団・六代目山口組の三次団体。上部団体は四代目吉川組。

〇略歴

伝安一家十人衆・吉山作之助系の吉山組組長・吉山楢太郎から九紋龍昇之助が独立。九紋龍昇之助実弟の木本甚助が二代目を継承。木本甚助実子の木本太郎が三代目を継承。

〇九紋龍組系譜

祖-吉山猶太郎

初代-九紋龍昇之助こと木本末太郎

二代目-木本甚助(木本甚之助)

三代目-木本太郎

四代目-八阪政文

五代目-森龍明

〇五代目九紋龍組組織図

組長-森龍明(四代目吉川組若頭)


かつてこのビルに吉川組の本部がテナントとして入居していらそうです。ネット上の情報によると吉川組の本部も8階に入居していたらしい。ただし、同じ部屋に入居していたのかどうかは不明である。


宮田組<一会<6代目山口組

 宮田組は大阪府豊中市三和町2丁目7-52に本部を置く暴力団で、指定暴力団・六代目山口組の三次団体。上部団体は三代目一会。


〇宮田組組織図

組長-宮田嘉一郎(三代目一会統括委員長)

若頭-蛭田雅和(三代目一会若頭補佐)

砂子会跡地<山健組<神戸山口組

 元指定暴力団神戸山口組の三次団体で、上部団体は山健組。2016年1月、砂子宣優会長の引退に伴い解散。組員は二代目宮田興業に移籍

◆砂子会組織図

会長:砂子宜優(四代目山健組舎弟)

所在地:大阪府大阪市北区天神橋1-14-17


竜道会跡地<健竜会<山健組<6代目山口組

 上部団体は六代目山口組・山健組・健竜会。

◆竜道会系譜

初代:田辺俊夫

二代目:伊藤力雄

◆二代目竜道会組織図

会長:伊藤力雄

所在地:大阪府豊中市螢池東町1-1-8


2016年3月1日に午前2時45分ごろ、大阪府豊中市蛍池東町の駐車場の近隣住民から、「車が当たったような大きな音がした」と110番があり、神戸山口組系山健組傘下健竜会内竜道会本部事務所の駐車場東側のブロック塀に衝突痕があり、正面からぶつかったとみられる乗用車が放置されていた。けが人はなかった。黒のRV車が隣の駐車場から前向きで二度突っ込み、そのまま乗り捨てられていたが、この事務所には現在活動実態がなく、けが人はいなかった。2月25日には、奈良県大和郡山市にある六代目山口組傘下組織の元組事務所に車が突っ込み、壁などを壊す事件が起きており、警察は山口組分裂の関連を調べる方針。グーグルマップで見てみると2016年6月頃までは暴力団事務所風の建物(自宅兼事務所の可能性もあり)はあるが2017年7月にはすでに取り壊されている。このことから考えて既にこの組は解散しているとみていいだろう。


2023年4月25日火曜日

勝心連合跡地<野内組<弘道会<六代目山口組

 三代目勝心連合は大阪府大阪市中央区難波2-3-3に本部を置く暴力団で、指定暴力団・六代目山口組の四次団体。上部団体は野内組。

○略歴 

2022年1月、三代目勝心連合は神戸山口組・二代目宅見組の中核組織であったが、二代目宅見組幹部・今津幸治郎が勝心連合を率いて宅見組を脱退。同年2月1日、六代目山口組・三代目弘道会・野内組に移籍。2022年9月頃に事務所に公安委員会のステッカーがはがされているといううわさが流れていた(2022年8月まではステッカーが貼られていることがグーグルマップで確認できる)。2023年3月18日に確認するために見に行ってみると公安委員会のステッカーがはがされていた。移転したのか解散したのかは不明です。


○系譜 

初代-入江 禎

二代目-今村仁志

三代目-今津幸治郎


○組織図 

組長-今津幸治郎(野内組舎弟)

宅見組跡地

 二代目宅見組は大阪市を本拠とし大阪府豊中市緑丘4-31-1に本家を置く暴力団。

〇概要

旧本部は大阪市中央区千日前1-8-23(売却済・解体予定)

〇略歴

・初代

1963年、宅見勝が福井組に加入。

1970年、宅見組が結成され、宅見勝が福井組若頭に就任。

1978年、三代目山口組の二次団体に昇格。

1983年7月、宅見勝が三代目山口組若頭補佐に就任。

1989年5月10日、宅見勝が五代目山口組若頭に就任。

1997年8月28日、新神戸オリエンタルホテル4Fの喫茶店で、宅見勝が中野会傘下組員に銃撃され搬送先の神戸市立中央病院で死去。

・二代目

1997年12月、若頭の入江禎(勝心連合組長)が宅見組の二代目を継承し、五代目山口組若中に昇格。

2005年6月、入江禎が五代目山口組若頭補佐に就任。

同年8月、入江禎が六代目山口組総本部長に就任。

2013年10月、入江禎が六代目山口組舎弟頭に就任。

2015年8月26日、六代目山口組を脱退。

同月27日、神戸山口組が結成されると、入江禎は副組長に就任。

2022年5月8日、豊中市の本家に三代目弘道会傘下組員が車で特攻。

同年9月9日、入江禎の尽力により、池田組と神戸山口組が五分の親戚団体となる。これにより、実質的に池田組と親戚関係にある絆會、神戸山口組の3派連合体が結成された。

同月21日、入江禎が神戸山口組を脱退した為、二代目宅見組は独立組織となり、前述の連合体も解消された。

同年10月5日付で神戸山口組は入江を除籍した。

2023年3月23日、神戸山口組の中核組織であった二代目宅見組が2022年10月に神戸山口組を離脱した事について、偽装の可能性も視野に入れ実態調査をしていた大阪府警は、離脱が事実と確認できたとして入江禎の自宅がある大阪府豊中市を特定抗争に係る「警戒区域」から除外することを決定した。

同年4月14日、2021年以降、使用を差し止められていた大阪市中央区千日前の本部事務所を、大阪市内の民間企業が約3.3億円で買取り、建物は解体される予定。

〇宅見組系譜

初代-宅見 勝(五代目山口組若頭)

二代目-入江 禎

〇二代目宅見組組織図

組長-入江 禎

若頭-森島 厚(厚和会会長)

舎弟頭-酒井冨士男(酒井興業組長)- 勾留中

統括委員長-須藤基之(須藤会会長)

副本部長-渡邊 誠(三代目石川一家総長)

若頭補佐-本田義博(二代目剛竜会会長)

幹事-阿部辰雄(三代目石川一家若頭)

幹事-土江 剛(酒井興業副組長)


〇宅見組事務所売却のニュース

ミナミの「宅見組」事務所、民間企業に3億3000万円で売却…神戸山口組から離脱

特定抗争指定暴力団「神戸山口組」(神戸市)から離脱した「宅見組」の大阪・ミナミの事務所が民間企業に売却されたことが捜査関係者への取材でわかった。近く解体される見通し。捜査関係者によると、大阪市内の民間企業が事務所の土地と建物を計3億3000万円で買い取ることで今月14日に契約が成立した。事務所を巡っては、大阪地裁が2021年に使用を差し止める仮処分を決定し、組員の立ち入りが禁じられていた。

読売新聞2023/4/18(火) 10:38配信


【独自】大阪・ミナミ 暴力団「宅見組」本部事務所を解体へ 民間企業が建物を3億円あまりで購入

大阪・ミナミを拠点とする暴力団「宅見組」の本部事務所が売却され、近く解体されることが分かりました。大阪市中央区にある暴力団「宅見組」の本部事務所は、大阪府暴力追放推進センターが起こした裁判で、2021年以降、使用を差し止められていました。捜査関係者によりますと、先週、民間企業が建物を3億円あまりで買い取り、宅見組が退去したことが分かりました。建物が残ることで、抗争事件に巻き込まれる可能性もあることから、近く、建物を解体する方針だということです。宅見組は特定抗争指定暴力団「神戸山口組」の主要組織でしたが、すでに離脱したことが確認され、4月、組長の自宅がある豊中市も「警戒区域」の指定を解除されています。


読売テレビ2023/4/17(月) 12:05配信


「誰がこの土地を購入するのか」「この土地をどのように利用するのか」ということが気になりますね。

2023年4月18日火曜日

宅見組事務所売却のニュース

 ミナミの「宅見組」事務所、民間企業に3億3000万円で売却…神戸山口組から離脱

特定抗争指定暴力団「神戸山口組」(神戸市)から離脱した「宅見組」の大阪・ミナミの事務所が民間企業に売却されたことが捜査関係者への取材でわかった。近く解体される見通し。捜査関係者によると、大阪市内の民間企業が事務所の土地と建物を計3億3000万円で買い取ることで今月14日に契約が成立した。事務所を巡っては、大阪地裁が2021年に使用を差し止める仮処分を決定し、組員の立ち入りが禁じられていた。

読売新聞2023/4/18(火) 10:38配信


【独自】大阪・ミナミ 暴力団「宅見組」本部事務所を解体へ 民間企業が建物を3億円あまりで購入

大阪・ミナミを拠点とする暴力団「宅見組」の本部事務所が売却され、近く解体されることが分かりました。大阪市中央区にある暴力団「宅見組」の本部事務所は、大阪府暴力追放推進センターが起こした裁判で、2021年以降、使用を差し止められていました。捜査関係者によりますと、先週、民間企業が建物を3億円あまりで買い取り、宅見組が退去したことが分かりました。建物が残ることで、抗争事件に巻き込まれる可能性もあることから、近く、建物を解体する方針だということです。宅見組は特定抗争指定暴力団「神戸山口組」の主要組織でしたが、すでに離脱したことが確認され、4月、組長の自宅がある豊中市も「警戒区域」の指定を解除されています。


読売テレビ2023/4/17(月) 12:05配信


2022年12月18日日曜日

大原組<6代目山口組

 二代目大原組は大阪府大阪市東成区東小橋3-2-26(二代目誠心連合本部)に本部を置く暴力団で、指定暴力団・六代目山口組の二次団体。旧本部は大阪府大阪市生野区田島1-9-30(解体済)。

〇略歴

1989年12月、初代・大原宏延は、二代目北岡会会長・前田英明、正木組組長・正木年男、二代目川内組組長・根本辰男、細川組組長・細川幹雄、浅川会会長・浅川桂次、中村組組長・中村伍、大門会会長・大関大会長らと共に、五代目山口組組長・渡辺芳則から盃を受け、五代目山口組直参に昇格。

2021年6月までに、大原組の本部事務所は解体された。

系譜

初代-大原宏延(六代目山口組総本部長)

二代目-金田芳次


〇組織図

組長-金田芳次(六代目山口組若中)

若頭-池田勇次(二代目誠心連合会長)

舎弟頭-八角博行(二代目鈴雅組組長)

本部長-叶 将之(二代目叶組組長)

顧問-岩谷日新

相談役-本郷清郎

舎弟頭補佐-那和静雄(那和興業組長)

若中-梶渉

現事務所



旧事務所


この辺です。

この白い車の向う側です。

誠心連合<大原組<6代目山口組

 二代目誠心連合は大阪府大阪市東成区東小橋3-2-26に本部を置く暴力団で、指定暴力団・六代目山口組の三次団体。上部団体は二代目大原組。


〇系譜

初代-金田芳次(二代目大原組組長)

二代目-池田勇次

〇二代目誠心連合組織図

会長

池田勇次(二代目大原組若頭)